翌朝、ベッドで目がさめた。
「いたっ」
翠は、自分の手のひらと膝に傷ができているのに気付いた。丁寧に手当てがされている。
「これ……私……」
おぼろげながら、昨日の記憶がある。車から逃げ出して、それから……。
翠は自分の頬をぬぐった。もう泣いていない。清潔なパジャマに着替えさせられていた。
翠は重い身体を持ち上げて、ベッドから立ち上がった。
記憶の断片が頭にこびりついている。全部は思い出せていない。でもあの時の恐怖の感情はすべて思い出した。
私は、恐ろしい記憶に蓋をした。少しでも記憶が溢れてきたら、とても正気じゃいられない。
だから、全部忘れてしまったんだ。
翠はリビングへと出て行った。
颯太が顔を上げる。「……平気か?」
翠はうなずいた。
颯太は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出し、翠に差し出した。
「ありがとう」
翠は素直に受け取り、それからテーブルの前に座り込んだ。
キャップをひねって、水を口に含んだ。冷たさが翠を現実へと覚醒させていく。
「……思い出したのか?」
颯太が尋ねた。
翠は首を振る。それから「ごめんなさい」と謝った。