そうだ。
太陰の言う通り俺はぬらりひょんを倒す。
凛の代わりに俺が──。
「でも、何でそこまで凛ちゃんにこだわるのか分からない。だって、ぬらりひょんと凛空は何も接点がないのに」
「接点なんてなくてもいい、俺はもう二度とあいつの泣くところなんか見たくないんだよ」
だから、俺がぬらりひょんを倒す。
それに、これは俺の使命だと感じるからだ。
「それが、凛空の気持ちか……。だったら尚更私たちと手を組もうよ」
「お前らが達成させたい事も、ぬらりひょんを倒すことなんだろ?」
「それもあるよ、薫子や他の人たちの敵を取らなくちゃ」
「他の人たち……?それで、凛より力が強い俺のところに来たのか?」
「それはそうだけど、ちょっとした理由があるんだ」
太陰は開けた窓を全て閉じると、近くにあった机の上に座る。
「裏切り者を始末するなら、凛ちゃんじゃ殺せないから」
俺は、その言葉を聞いて驚く。
(十二天将たちの中で裏切り者がいる?)
「薫子を裏切って、十二天将を抜けた一人の男……、青龍を殺せるのは凛空だけだから」
青龍は、騰蛇と同じく凛の母親に忠誠を誓っていたはずだが?
「じゃぁ、青龍の符を持っている凛のところには」
「青龍の存在はないよ」
太陰の目が再び光る。
「そのことを凛は知らない。あいつは、青龍を呼び出そうと必死に頑張っているんだぞ!」
「それは、私たちが教えても凛ちゃんの力にはならない」
「なら、一つ条件がある」
「えええ!なんでよ!」
俺は、かけている眼鏡を取って、太陰に言った。
「青龍を殺すかどうかは、俺が判断する。それを良しとするなら、お前たちと手を組んでもいい」
「そ、それは……」
「まぁ、どっちにしろお前たちが俺と手を組んだところで、俺に従わざるをえないからな」
「そういうところは、ほんとにそっくりで意地悪だよね……」
「誰にそっくりだって言うんだよ?」
「それは、こっちの話だから気にしないで」
太陰は、俺のところに近寄ると手を差し出す。
「じゃぁ、それでいいよ。十二天将代表として承諾する」
俺は、その手に握り返す。
「んじゃぁ早速だが、今夜から妖退治に出かける」
「ほんとに!やった!」
太陰は、そう言うと元の符に戻った。
「あいつを守れるなら、なんだってする」
太陰の符を拾い上げ、他の符が入ったケースへとしまう。
「二度と泣かせない」
俺の脳裏に、凛の泣く姿が横切る。
「だから、俺に頼れよ凛……」
俺だって安倍家の後を継ぐ陰陽師だ。
お前の力にだってなれる。
(なぁ、お前は覚えているか?)
お前から言った、あの時の約束を──
【凛】
「はぁ……」
学校へと着いた私は、凛空の姿を探した。
しかし、今のところ見つけられずにいる。
「凛!一緒に帰ろう!」
「姫菜子(ひなこ)ごめん、今日はちょっと寄るところあるんだ」
「そっかぁ、帰りにクレープ食べに行こうと思ってたのになぁ……」
「く、クレープっ!!」
私の親友である姫菜子は、肩を落とし教室の扉の方へと歩いて行く。
そして、クレープは私の大好物でもある。
(どうしよう、凛空の所に行かないといけないけど、クレープも食べに行きたい!)
私の中で、凛空とクレープがぶつかり合う。
「やっぱり、凛空優先!」
私は、クレープという言葉を跳ね除け、凛空を探しに生徒会室へと向かう。
「凛空が居るとしたら、ここだけだよね?」
朝言い過ぎたことを謝って、すぐに帰ればいい。
私は、生徒会室の扉をノックする。
「どうぞ」
中の方で低い声が響く。
「し、失礼します!」
生徒会室なんて入るの初めてだから、なんか緊張する。
ゆっくりと扉を開き中へと入る。
「し、失礼します、一年の蘆屋凛です。生徒会長さん居ますか?」
「居るってなにも、俺しか居ないだろ?」
「だ、だって他の人居るかもしれないでしょ!」
凛空は、椅子に座りながら何かをまとめていた。
「なにしてるの?」
「来月にある月影祭(つきかげさい)に向けての準備だ」
「一人でやってるの?」
「そうだ。他の奴らは、受験やらで忙しいしからな」
そういう凛空だって受験生じゃん。
でも、凛空はこの学校で成績優秀で運動もできる生徒会長だもんね。
「それで、お前は何の用だ?」
「えっと……」
さっき決めたじゃん!すぐに謝って帰るって。
「もしかして、朝のこと気にしてるのか?」
「うっ!」
「図星か」
「う、うるさい!」
あー!もう何で謝る前に図星突かれるかな!
(私って、勇気がないよね……)
「謝る必要なんてねぇよ」
「えっ?」
「別に俺は気にしていない、それでいいだろ?」
凛空は、まとめた紙をファイルへと入れると、立ち上がって私の隣を通り過ぎた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ん?」
「凛空が気にしていなくても、私が気にするの!だから、朝はごめんなさい!」
私は、軽く頭を深く下げる。
そんな私の姿を見た凛空は、軽く笑うと私の頭に手を乗せる。
「凛空?」
「まさか、お前が謝るなんてな」
「わ、私だって謝るよ!」
凛空の手を払い除け、私は生徒会室から出る。
「どこ行くんだよ?」
「帰るの!用事はもう済んだから」
私は、自分の教室に向かって歩き出す。
「ほんと、素直になれないやつ」
「ほんと、意地悪なやつ」
でも、ちょっとだけだけど凛空と話せて良かったかもしれない。
「帰る前に化学室に寄っていこうかな?」
私は化学室へと向かい、教室の扉を開ける。
だけど、まだ夕方だから妖の気配はしない。
「やっぱり、夜にならないと分からないかな?」
化学室の扉を閉めて、もと来た廊下を戻る。
「あれ?」
でも、そこで私は違和感を感じた。
(この廊下さっき通ったよね?)
後ろを振り返っても、違和感は感じた。
「とりあえず、行ってみるか…」
もしかしたら、私の見間違いかもしれない。
廊下を歩き続け、そろそろ教室が見えてもいい頃なのに、辿り着く教室はただ一つだった。
「な、何で…?!」
私は、化学室の中へと入る。
「問題があるとするなら、ここだけ……」
でも、妖の気配は感じられない。
化学室の扉を閉めて、窓の方へと近づく。
窓の外は、夕日が山に隠れようとしていて校庭には誰も居ない。
「もしかして、この学校にいるのは私だけ?」
そんなに時間は経っていないはずなのに。
「さっきまで凛空といて、この化学室に来るまでに二十分もかかってはいない」
私は、ゆっくりと隠れていく夕日を見つめる。
(もしかして、別の空間に閉じ込められた?!)
窓の鍵を開けようと手を伸ばした時、窓に触れた私の指先は見えない何かによって弾き返された。
「いたっ!」
どうやら、この教室周辺には妖による結界が張られているみたい。
「閉じ込められた…」
結界に閉じ込められるなんて、全然気づかなかった。
「夜になるまでここで待たないといけないのかな……」
この結界を張ったのは、おそらく手紙に書かれていた鬼の妖。
私の存在に気づいて結界を張ったのかもしれない。
「今日の夕食係私なのに……」
いや、そんな事よりもどうやってここから出るかを考えないと。
もしかしたら、ここから出るには鬼の妖を倒さないと出れないのかもしれない。
となると、さっき言ったとおり鬼が出てくる深夜までここに居なければならない。
「でも、鬼が出てきても……」
今の私の手元には、十二天将たちを呼び出す符がない。
全部教室に置いてきたから……。
(どうしよう……、朝まで逃げ切れる自信がない)
朝になったら妖が張った結界は解かれると思うけど、相手が鬼の妖となると逃げ切るのは難しい。
それに、この結界の中は化学室周辺を囲んでいる。
つまり私は袋の中のねずみということだ。
「でも、私が何とかしないと」
鬼の妖と遭遇しても、朝まで逃げ切れればいいこと。
毎朝走ってるから体力にはそれなりに自信がある。
私は、化学室の時計に目を向ける。
「五時……」
深夜まで時間はあるから、少し寝て体力を温存しておこう。
私は、壁に寄りかかり体育座りをし顔を膝へと埋める。
(でも、やっぱり一人は怖い……)
一人だとあの時の光景が脳裏に浮かんできて、私の体は恐怖心で縛られる。
いつもなら、手元に十二天将たちの符があるから大抵の事は怖くない。
でも、今の私のところにはそれがない。
(凛空……)
なぜか私の中には、凛空の名前が浮かび上がった。