(そんな……)
私は、まだ弱い。
凛空に守られて、反撃すらできないなんて……。
これじゃあ、凛空を助けることが出来ないよ!
『さて、どこから食ってやろうか?』
私にもっと、力があれば!
力があればみんなを守れるのに!
「食うならとっとと食いやがれ」
『あはは。そういう性格嫌いじゃないよ』
鬼女は、凛空の頬を軽く舐める。
私は、その光景を見て体が震えた。
それと同時に心臓が大きく高鳴る。
『心臓は美味しいから、最後だね』
だめ……。
『じゃぁ、最初は目玉から』
だめ…………。
凛空を、殺さないでよ!!
再び私の心臓が大きく高なった時、私の体が輝き始めた。
『な、なんだこれは?!』
鬼女は、振り返って私から距離を取る。
「凛?!」
「……せない」
私は、立ち上がり鬼女を睨みつける。
「……凛空は、殺させない」
自分でも何が起こっているのか分らなかった。
だけど、その時私の意識は飛んでいて、代わりに誰かの意識が私の中に流れ込んでくる感覚を感じていた。
私の額に五芒星の印が浮かび上がる。
『な、なんだこれは!お前は一体?!』
鬼女を睨みつけた時、鬼女が来ていた服に火が燃え上がる。
『火、火が!!!』
その火は、鬼女を包んでいった。
『うわぁぁぁぁ!!!』
そして、鬼女は炎の中へと消えた。
鬼女が消えたことで、凛空を抑えつけていた蜘蛛の巣が消えた。
「り、凛?!!お前、それは──」
「お前は、私が分かるのか?」
「えっ?」
「……お前は、もしかして……!」
『おおっ!これはまた凄いことになってるね』
「誰だ!」
目の前の暗闇の世界から、一人の男の子が姿を現した。
『さすが凛だ』
「私を知っているのか?」
『そりゃぁ、もちろん』
その男の瞳がカッと見開いた時、私の意識が遠くなった。
「凛!」
とっさに凛空が体を支えてくれた。
だけど、私の意識は既に途絶えていた。
【凛空】
「凛!!」
『あれ?また、眠ちゃった』
黒い髪に金色の瞳を持つ男は、凛を見下ろしていた。
「お前は、誰なんだ?!」
『俺は、夜(よる)ぬらりひょんの息子さ』
「ぬらりひょんの息子だと?!」
『あぁ、今日来たのは凛を殺すためだったけど、気が変わったよ』
「なんだと?」
夜は、近くの窓を開け足をかける。
『面白いもん見れたからさ、凛と戦うのはもう少し観察してからだ。それまで、強くなってよ』
夜は、最後にそう言い夜の街の中へと消えていった。
「ぬらりひょんの息子……」
俺は、腕の中で眠る凛を見つめる。
「まさか、力が発動するなんて……」
俺は、優しく凛の頬に手を当てる。
「ごめんな、凛……」
力は発動したが、印は壊れてはなさそうだ。
きっと、一時的な発動だったんだろう。
この印は、凛の気持ちと心の揺らぎで解ける。
もし凛が我を忘れて、力に呑まれたら……。
「それに、あの人は……」
凛とは違った口調、違う雰囲気を持っていた。
「あれが、凛の前世の人物の魂なのか……?」
凛には記憶がなくても、魂には記憶がある。
いつか、その記憶が凛のものになるのか?
記憶を取り戻した凛は、凛のままなのか?
俺の中で不安が募っていった。
【凛】
私はどこかの草原に立っていた。
「あれ……?」
周りには建物一つなく、人一人見当たらない。
「ここは、どこ?」
空はどんより雲っていて、風が私の横を通り過ぎていく。
「なんで、こんな所にいるの?」
たしか、私は誰かの意識と交代して。
その先を思い出そうとした。
だけど、思い出そうとすると私の中で違和感がよぎる。
「なに?この違和感は……」
それに、頭に頭痛が走る。
その時、私のところから離れた先で声が聞こえた。
「歓声……?」
その先を見つめると、その頭上に浮かぶ雲は、他の雲よりも黒く浮かんでいた。
「何かあるのかな?」
私は、そこへ向かおうと足を動かそうとした。
そして、また気が遠くなっていく。
「あれ……?また……」
ふらふらと歩き続けようとした時、誰かが私の手首を掴んだ。
「えっ?」
振り返ると、そこには一人の男の人が立っていた。
「……誰?」
服装からして昔の人だと思うけど、なんでだろう。
その人を見ていると懐かしさを感じた。
それに、寂しさも──
男の人は、左右に首を振ると掴んでいた手を離した。
「この先に行ってはいけないってこと?」
男の人は軽く頷く。
(よく見ると、この人凛空に似ている)
男の人は優しく微笑むと、私の額に指先を軽く押し当てる。
「えっ?」
何かが伝わってくる、暖かくて優しい何かが──
指先を離した男の人は、口を開いて何かを言ったように見えた。
「今なんて?」
だけど、私の意識は限界に来ていて、私は目を閉じてその場に倒れ込んでしまった。
「まだ早いよ、ここに来るのは……凛音(りんね)」
男の人は、優しく私の頭を撫でてくれた。
「時は変わり始めている、もう少し頑張れよ凛。あいつがお前を助けてくれるからさ」
男の人は、空を見上げ歓声が聞こえるほうを睨みつける。
「今度こそ、終わらせてみせるさ」
辺りに霧が立ち込めてきて、男の人は姿を消した。
「はっ!!」
私は、勢いよく起き上がり息を整える。
「今のは……、夢?!」
男の人が触れた額に、自分の指先でさする。
「あの男の人、誰だったのかな?」
それに、最後なんて言ったの?
「起きたのか?」
「と、騰蛇……?!」
「よく寝てたな」
「どれくらい寝てたの?」
「三日間だ」
「三日間も?!」
そんなに寝てたの?
私はてっきり、数時間しか経ってないと思ってた。
「なんで私寝てたの?」
「覚えてないのか?」
「えっ?」
「鬼女と戦っている時、急に倒れたんだよお前は」
「倒れた?」
なんで、倒れたんだろう?
「そうだ、凛空は?! 」
「ここに居るよ」
凛空は、部屋の扉近くに居て私の傍へと歩いて来る。
「具合はどうだ?」
「大丈夫だけど……」
凛空が無事だった。
そんなことを思ってしまったせいか、私の頬に涙が伝った。
「お、おいどうした?!」
「いや、何か凛空を見たら安心して」
「おいクソガキ、泣かせんじゃねぇぞ」
「勘違いすんな!」
本当に安心した。
鬼女との戦いで、凛空が死んじゃうかと思ったから。
「んじゃぁ、俺は戻るな」
騰蛇はもとの符へと戻った。
「悪い、怖い思いさせたよな?」
凛空はその場に座ると、私に手を差し出した。
「なに?」
「いや、手繋いだ方がいいと思って」
「また?」
「別にいいだろ?」
私は、凛空の手に自分の手をのせる。
「安心したか?」
「うん、安心した……」
さっき夢の中で出てきた凛空に似たあの人と違って、やっぱり凛空が居ると安心する。
「そういえばね、夢の中で凛空に似た男の人に会ったよ」
「へぇ、夢の中でも俺の姿が現れるのか」
「べ、別に変な意味なんてないからね!」
これ以上変なことを言うと、また凛空にからかわれそう。
「凛空、怪我の方はいいの?」
「あぁ、大したことはない」
「雫夏先輩は大丈夫なの?」
気になっていたことを凛空に聞く。
「無事だ。幸いあいつは何も覚えていなかったよ」
「そっか、無事なら良かった。でも、名前を呼んであげないなんて酷いと思うけど?」
「あいつのことは、ずっと副会長って呼んできていたから、いきなり雫夏って呼びずらいんだよ」
「でも、好きな人に名前を呼んでもらえないなんて、雫夏先輩が可哀想だよ」
「はっ?あいつ俺のこと好きなのか?」
「えええ!」
もしかして、気づいてなかったの?!
「だからか」
「凛空って、意外と鈍感なんだね」
「お前に言われたくねぇよ」
「な、なんで?」
「自分で考えろ」
凛空は私の頬を軽くつまむと、私の額に手を当てる。
「な、なひすりゅの?!」
「いや、ただ熱があるかどうか確認しただけだ」
だからって、頬をつままなくてもいいのに!
「凛空の意地悪」
「もともとこういう性格だ」
離れた凛空は、立ち上がると私の部屋から出ていこうとする。
「もう帰るの?」
「あぁ、お前の様子を見に来ただけだから」
「そっか……」
ちょっとだけ寂しいな。
「なんだ?もしかして傍に居てほしいのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「だよな」
凛空の笑顔に、私は釘付けになる。
「後でまた来てやる」
「うん……」
凛空が部屋から出ていくのを見届け、私は再び横になる。
「これから、どうなるのかな……?」
私は、凛空に守られてばっかりで全然力になれていない。
この先、私のせいで凛空が命を落としてしまうことがあるかもしれない。
「もっと、強くなりたい……」
お母様は、どうやって強くなった?
お母様が生きていたら、いろんなことが聞けたのに。
私の中でお母様の記憶は、私に笑顔を見せてくれた時だけ。
そのせいで顔ははっきりと覚えていない。
唯一お母様の顔を見ることが出来るとするなら、それは写真だけ。
だけど、何故かお母様が写っている写真はごくわずか。
「なんで、写真ないのかな?」
後でお兄ちゃんに聞いてみよう。
私は、ベッドに横になり目を閉じた。
夢の中ででて来た男の人は、一体誰だったんだろう?