「まぁ、緊急で募集もするらしいし。
けっこう有名なお店だから、働きたいって人もすぐに見つかるとは思う」
「うん」
「だから、長くはならないと思うけど……。
その間、俺、妃莉と一緒に帰れそうにない」
碧くんは、“ごめん”とでも言うように、ものすごく切なそうな顔をした。
「だ、大丈夫だよ。
気にしないでっ」
碧くんの気持ちを少しでも軽くしてあげたくて……。
“なんでもないよっ”って感じで、妃莉は明るく返事した。
「ごめんな。
妃莉の近くにいられなくて」
それでも、申し訳なさそうな顔をする碧くん。
もー。
ほんとに、優しいんだから~。
「碧くんっ。
ほんとに、いいってば~」
「…………」
「それに、妃莉。
翠くんとか……。
翠くんの彼女の芽生ちゃんとか大事にする碧くん、大好きだもん」
「そっか……。
優しいな、妃莉は。
……ありがと」
そう言って、碧くんは、もう一度妃莉の頭を撫でてくれた。
でも、本当に優しいのは、碧くんだよ?
そう思いながら、碧くんの顔を見た。
すると碧くんは……。
「くっ……」
と、少し、のどの奥を鳴らした。
「バイトなんて。
ほんの少しの間だと思うから」
ふわっと軽く、妃莉の体を抱きしめて……。
それから、耳元で、優しく囁いた。
「そのあとは。
また、妃莉のそばに、ずっといるから」
碧くんのお迎えがなくなるのは、すごく寂しい。
けど……。
がまんしなくちゃ。
翠くんや芽生ちゃんのためだし。
それに、碧くんも、ちょっとの間って言ってたし……。
だから、大丈夫。
すぐに、一緒に帰れるようになるもん。
そう思っていたのに――。
「なに?
なに?
どうしたの?
なにがあったの?」
「…………」
「俺の妖精さん。
毎日、どんどん……。
急激に、元気がなくなってるんですけど―!?」
2回目の委員会。
机にぐったり倒れこむ妃莉を、小嶋センパイがゆさゆさ揺すった。
「起きて、起きて。
妖精さんっ!」
「…………」
「……って。
妃莉ちゃん。
もともと細いのに、激やせじゃん!?」
妃莉をぐいっと抱き起こした小嶋センパイが……。
「ひぃーっ!」
と、変な叫び声をあげた。
「…………」
しゃべる元気のない妃莉の隣で、片倉くんが代わりに答えてくれる。
「あー、妃莉ちゃん。
なんか……。
ここ最近、中ノ瀬センパイとあんま会えないらしくて……」
「だからって……。
まさか、それだけで、こんな風になっちゃったの!?」
「あー、まぁー。
かなり寂しいらしくて……」
「……って言っても!
碧がバイトを始めてから、たかだか……。
1週間くらいでしょ。
まだ」
「……あー、はい。
でも……。
妃莉ちゃんには、かなりキツイらしくて……」
「はぁ!?」
「朝は、まぁ……。
俺が妃莉ちゃんと一緒に登校するせいで、中ノ瀬センパイ、ひとりで学校に行くようになっちゃったらしいですし」
「…………」
「お昼は、お昼で……。
妃莉ちゃん、クラスの女子と食べてるし……」
「…………」
「で、帰りは、中ノ瀬センパイ。
17時から20時までバイトに入ってるみたいだし」
「でも、そのあととか……。
家にはちゃんと帰ってくるんだろ?
碧だって」
「はぁ……。
でも、センパイも。
食事とか宿題とかお風呂とか……。
けっこう忙しいらしくって」
「…………」
「今までのようには、かまってもらえないらしいし。
それに……。」
「ん?」
「センパイの手が空くのを待てずに、結局寝ちゃうみたいなんですよね。
妃莉ちゃん」
「……そういえば。
妃莉ちゃん、寝るの早いって、碧が言ってたな。
この前……」
「だったら、土日……。
とか思うんですけど……」
「え?
ダメなの?」
「はぁー……。
なんか、めちゃくちゃ気に入られたらしくて……。