もちろん、素直にうなずいて、後ろを向いた。
でも……。
「……っ」
背中に碧くんの体温を感じる。
ふわっと包み込むみたいに、広い胸。
妃莉なんか、すっぽり入っちゃうくらい大きな体。
ネクタイを結ぶために、前かがみになってのぞきこんでるから……。
碧くんの息遣いも、すぐ近くに感じる。
ど、どうしよ。
心臓がドキドキしすぎて、すごく苦しい。
このぐらい近くにいるのは、全然初めてなんかじゃないのに。
顔も体も熱くて仕方がない。
おまけに……。
どうして、こんなにも恥ずかしいんだろう。
今朝まで、普通に抱きついてたのに。
「はい、出来た」
ポンッと軽く、肩に手を乗せられるだけで。
「あ、あ、あ……。
ありが……とう」
ビクッとして、どもっちゃうなんて。
こんなの、おかしい。
ドキドキする胸を押さえていると……。
「どれ?
可愛くなったか、確認させて」
碧くんに、腕を持ってクルッと回された。
「うん、可愛い、可愛い。
気をつけて、行っておいで」
ぽふぽふぽふっ……。
こんな風に頭をなでられるだけで。
“きゅん”とかしちゃうなんて。
あたし、変だ。
いったい……どうしちゃったんだろう。
「妃莉ちゃん。
用意は、できた?」
準備が終わって、リビングに向かうと、おじさんがソファから立ち上がった。
今日の入学式、パパとママの代わりに、おじさんとおばさんが付き添ってくれる。
だからかな。
おじさんは、スーツをビシッと着こなしている。
さっきまでのラフな格好も素敵だけど、こういうのもすごくいいなぁ。
渋くて、とってもカッコいい。
碧くんも、将来こんな感じになるのかなぁ?
きっと……。
超超超! カッコいいんだろ~な~。
それで、それで……。
おじさんみたいに、甘々なの。
「おぉっ!
制服姿もかわいいな~。
さすが、妃莉ちゃん」
そう!
こんな風に、手放しでほめてくれるの。
「いえいえ。
そんな……」
と言いながら、ポワッと顔が赤くなった。
だって、碧くんにほめられた気がしたんだもん。
「可愛くて仕方がないなぁ。
妃莉ちゃんは。
なんでもよく似合って、モデルさんみたいだな~」
碧くんと違って、おじさんは、大げさにほめてくれる。
おじさんのこうゆうところ、好き。
照れるけど、でも、すっごくうれしいもん。
「あ、ありがとうございます。
えへへ……」
ほめられたのがうれしくてもじもじしていると、おじさんは2階を見あげてつぶやいた。
「んー。
美月(みつき)ちゃんは、まだかな?」
美月ちゃんっていうのは、おばさんの名前。
ちなみに、おじさんの名前は、“駿(しゅん)”
おじさんとおばさんはすっごく仲がよくて、いつも名前で呼びあっている。
いーなー。
こーゆーの。
ぽわんと、碧くんとの将来が頭に浮かんだ。
『妃莉は、今日も可愛いな~』
『碧くんは、今日もカッコいいね』
『でも、妃莉がこんなに可愛いと……。
会社に行きたくなくなるなぁ』
――ここで、碧くんが妃莉をギュッと強く抱きしめてくれるの。
『そんなの。
妃莉も一緒だよ。
碧くんとずっと一緒にいたいよ~』
――って、妃莉も碧くんに抱きつくの。
『うん、俺も。
でも、妃莉を幸せにしたいから。
がんばって働いてくるよ』
『うん……。
さみしいけど、妃莉。
家事をしながら、碧くん待ってる』
――手と手をとりあう2人って感じ?
『ありがとう。
じゃ、行ってくるよ。
でも、帰りは、なるべく早く帰ってくるから』
――妃莉の涙をスッとふいてくれる優しい碧くん。
『うん。
行ってらっしゃい。
気をつけて』
――泣きだしたくなるのをこらえて、無理やり笑顔をつくる妃莉。
でも……。
碧くんは、クルッと振り返って、戻ってきてくれるの。
『……可愛すぎて、やっぱ無理』
――て、切なそうにつぶやきながら。
それで、妃莉の頬に手を添えるの。
『“いってらっしゃいのキス”
あれじゃあ、足りない』
『……っ。
碧くんっ……』
『妃莉、好きだ……』
――甘く切なく囁いて、碧くんは、妃莉に何度もキスをするの。
『碧くん、大好き……』