熱で、おかしくなっちゃった?
「だから、今度は。
がまんするほうを選ぼうと思う」
「……がまんよりも」
“保健室に……”
そう言おうとした妃莉の口を、ギュッと抱きしめることでふさぎ……。
碧くんは、妃莉の耳元で、低く甘い声でささやいた。
「妃莉。
めちゃくちゃ俺のそばにいて。
俺も……。
すげー妃莉のそばにいる」
「……っ」
どう……したんだろ。
こんな碧くん、はじめてかも。
“めちゃくちゃ俺のそばにいて”とか。
“俺も……。
すげー妃莉のそばにいる“とか。
こんな言葉を、耳元でささやかれるなんて。
胸がめちゃくちゃドキドキする。
心臓がバクバクしすぎて、うるさいくらい。
さっきからずっと碧くんのいい匂いがしているし。
それに、ココ。
学校だし。
人に見られちゃうかもしれないし。
そう思ったら、よけいドキドキした。
「いい?
妃莉……」
甘えるように、きゅんとする声で囁いて。
「……うん」
と妃莉が返事をするのを待って、碧くんはスルっと妃莉の髪をなでた。
それから妃莉の体を離し、妃莉の肩に手を乗せた。
「放課後、待ってろ。
教室に、迎えに行くから。
一緒に、帰ろう」
『あ、ママ?
うん、妃莉。
え?
元気だよ~。
うん。
おじさんもおばさんも、すっごくよくしてくれるし。
碧くんや翠くんとも、超仲良し!
え?
あー、だから、大丈夫。
全然、寂しくなんかないよ。
碧くんが、いっつも一緒にいてくれるもん。
やだな~、ママ。
心配しないで~。
……って。
え?
違うの?
パパが……?
え?
泣いてるのっ!?』
頻繁にかかってくるママからの電話。
そこで発覚した事実。
パパが、寂しいって泣いている!
理由は、もちろん、妃莉がそばにいないから。
そんなことを聞いたら、かわいそうで、いてもたってもいられない。
ソッコーパパに電話を代わってもらう。
でも、パパは、わりと無口。
娘溺愛のデレデレパパではあるけど、それでも無口。
だから、必然的に、妃莉が超しゃべることになる。
学校のこと。
お友達のこと。
それから、翠くんや碧くんのこと。
……っていっても、ほとんどが碧くんのことだったかも。
“うん、うん”って妃莉の話を聞いていたパパが、最後にこう漏らしたから。
「パパ、碧くんに妃莉をとられちゃったな」
……って。
ものすごく寂しそうな様子で。
ぽつりとひとことだけ。
「えっ、パパっ!?
そんなことないよ。
碧くんのことは、妃莉、すっごくすっごく好きだけど。
でも、妃莉。
パパのことも、超好きだよ!」
慌ててそんな風に言ったけど、電話の向こうのパパは、無言だった。
代わりにママの笑い声が聞こえた。
「妃莉~。
パパ、よけいに落ち込んじゃったわよ~。
結婚式が怖いって震えているけど……。
パパになんて言ったの~?」
「えー?
べつに、なにもだよ~。
碧くんのこととか。
碧くんのこととか……。
……碧くんのこととか」
「……って。
相変わらず、碧くんばっかりね、妃莉は」
“あはははは……”と、甲高い声で笑いながら、ママは言った。
「それじゃあ、パパは。
一生、やきもちを焼きっぱなしね」
うぅ……。
パパぁ……。
ごめんね~。
でもね、妃莉も、仕方ないの。
だって、うれしくてたまらないんだもん。
中庭でネクタイを結んでくれてからの碧くんは、すっごくすっごく優しいの。
朝、おはようのちゅーもしてくれるし、ネクタイも結んでくれる。
一緒に学校も行ってくれるし、もちろん帰りも一緒に帰ってくれる。
一緒にごはんを食べて、一緒にテレビを見て、一緒に勉強もしてくれる。