「あのさ、プラマイ……私も解けない謎があるんだけど、聞いてくれる? なんで、谷分は血痕のついたジャケットを着続けていたのかな?」
 谷分が久保殺害の時に着ていたジャケット。その袖には久保殺害を決定づける証拠である久保の血痕が付着していた。気づいていなかったにしろ、殺害現場で着ていたものだ。確かに持ち続けるのに疑問が生じる。
「谷分は言わなかったけど、捨てられないほど大切な物だったんじゃないかな……絶対に助けたいと思う人がくれた物なら、特にね……」
「もりりんの妹にプレゼントされた物ってこと?」
「谷分はもりりんの妹を遥って名前で言っていただろ? 特別な想いを持っていたのは事実だろうな……どこまでの仲に発展していたかは置いといてさ」
 互いを想い、罪をかぶり合う。三人と遥の繋がりには海溝よりも深い絆を感じられた。
 死を覚悟するほど苦しい状況に陥った三人が、『自殺志願者サイト』という最悪の場所で出会う。
 そして、実行の日に悩みを打ち明け合う。同じような境遇にいる者がいる。肩を寄せ合った三人の関係が親友というかたちよりも深まると想像がつく。
 いじめにあっていた日野は、もりりんの優しさに触れた。冷え切った心に体温が注がれたことだろう。ワックスが見た、腕を組んで歩いていた二人の姿が、それを物語っている。
 もりりんの妹の遥とも顔を合わせ、親友として語り合ったはずだ。孤独を感じていた日野が、生き甲斐を感じた場所が、あの兄妹の隣だった。
 谷分も遥の優しい言葉に救われ、もりりんを兄のように慕い、もりりんも谷分を弟のように支えた。
 十一朗が真実を追及しようとした時、谷分は全ての公開自殺は自分ひとりでしたことと、もりりんを庇った。もりりんも自殺に見せかける方法を二人に教えたと告げ、自分が主犯だと谷分を庇った。
 恋や情だけでは片付けられない絆があったからこそ、悲しい結末を迎えてしまったともいえる。
「大切なものか。わかる気がするなぁ……私も捨てられないものがあるもん」
「たとえば?」
 裕貴が考えこんだ。いや、考えこんだというより答えに悩んだようだった。
「誕生日にもらった、巨大なセントバーナードのぬいぐるみかな……」
「あれかよ。小学生の時じゃん。捨てていいって」
 十一朗は思い出して叫んだ。
 小学校三年生の時、隣の家に自分と同じ年の女の子が引っ越してきた。
 両親と挨拶にきた裕貴の姿を十一朗は覚えている。知らない土地にきた不安から、両親の後ろに隠れ続け、顔も強張っているように見えた。
 その二週間後。十一朗は裕貴の誕生日に招待された。友達ができないと娘が落ちこんでいる。明日は裕貴の誕生日、うちにきて一緒に祝ってくれないか。裕貴の両親からの頼みだった。
 十一朗は貯めた小遣いのほとんどを使って、自分が思いつく限りの、一番のプレゼントを買って、裕貴に渡した。涙を溜めながら裕貴が喜んでくれたのを覚えている。
 しかし、二か月後、裕貴が大の犬嫌いだと知った。既に捨てたものだと思っていた。
「捨てられなかったの……不安な時にはじめて友達になった人からもらった物だったから」
 心地よい風が吹いて、裕貴の髪を揺らした。十一朗は携帯を出した。
「あのさ、裕貴。メールの送信の仕方教えてくれないか?」
 はじめて打ちこむメッセージ。はっきりいって指先が覚束ない。裕貴が打ちこむ数十倍くらいの時間がかかった。苦戦して裕貴に習った通りに操作した。送信――。
 同時に裕貴が反応した。携帯を見る。送信されてきたメッセージを読んで笑った。
「この携帯も捨てられなくなっちゃったな……」
 裕貴は悲しい思い出も詰まった携帯を握り締めながら、小さくぽつりと呟いた。
 衝撃的な事件を目の前にしてから数日間。裕貴は悲しみの中、生きた心地がしなかっただろう。十一朗が送信したのは、誰が見ても何の事もない一文だ。
 それを裕貴は、大切なメッセージとして感じてくれたようだった。
「プラマイのメール、平仮名ばっかり。次は漢字の入力とか絵文字も覚えなきゃね……」
「絵文字? いいよ。男がそんなの打ちこむなんて、カッコ悪い」
「絵文字だと、もっと気持ちが伝わるよ! 覚えたほうがいいって」
 裕貴の話を聞かないふりして十一朗は地面を蹴った。全速力だ。
「家まで競走な。負けたほうが、明日の部室の掃除係!」
 裕貴も全速力で追ってくる。
「ずるい。フライングじゃない。それに女性相手にはハンデつけるものでしょ」
 十一朗は三年生になった。
 三年生になれば本格的な進路活動もはじまる。担任に進路を訊かれた時、十一朗はどう答えるだろう。
 いや、今度はみんなで繋げてきたミス研部を守り続ける使命も追加されている。新入生を温かく迎えられる先輩にならなければいけない。
 それでも、ミス研部は大丈夫と十一朗は思う。信頼できる仲間と誰にも負けない深い絆がある。
 楽しくなるのはきっとこれからだ。そう心の中で考えて十一朗は全力疾走を続ける。