ブラックコーヒーを一気飲みした貫野が、今度はタバコを懐から出す。今日は公園の隅に設置された喫煙所にきていた。ここなら吸っても人に迷惑をかけることはない。
「ああ、なんで久保京子は『エンドウとキンセンカ』の掲示板に『犯人を知っている』と書き込んだのかなと思ってよ。おかしかないか? 自殺志願者サイトで語る話題じゃねえ。そういう話題は自殺屋を語るサイトでするもんだろ?」
 貫野の吹いたタバコの煙が空気に紛れて消えていく。その様子を眺めてから、十一朗は答えを出した。
「あの三人が出入りをしているサイトだって、知っていたからだと思うよ」
「知ってた? 知ってて、書き込んだってのか?」
 貫野が思いっ切り吐いたタバコの煙が、大量に吹きつけられてきて、十一朗は噎せてしまった。
「多分、部室のパソコンで、もりりんが『エンドウとキンセンカ』のサイトに出入りしたのを見たんじゃないかな。書き込んだ理由は『警告』の意味を込めてだと思う」
 警告。それは自首しろということだ。同時に三人の意思を知るためもあったのだろう。
 罪の意識はあるのか? 世間を震撼させた責任を感じているのか? 反省しているのか? 
 だから、久保は自殺屋が自首すると信じて三日待った。三日たっても自殺屋が自首したというニュースは流れなかった。
 彼らに反省の色がないと見た久保は、その後、日野のところに行って告げたのだ「あなたが自殺屋だと知っている」と。
「久保は、三人に接近する時には全部知っていた。日野ともりりん、谷分ともりりんの妹との関係、それと動機もね。けれど公開自殺が他殺だという証拠がなかった。三人の自首頼りだった。皮肉だよな……久保の死が、公開自殺が他殺だという証拠になったんだからさ」
 十九件目の公開自殺で、はじめて自殺屋の姿が見え、事件が他殺と断定された。
 久保の犠牲がなければどうなっていたのか。今となっては想像がつかない。
「じゃあよ、大量の推理小説を読んできた、高校生名探偵殿に最後に訊きたいことがある。完全犯罪って可能だと思うか?」
 貫野が十一朗に訊いてきた。十一朗はいつも思案するように空を眺める。
 完全犯罪。確かに犯人が捕まっていない未解決事件は多い。推理小説でも犯人と探偵の対決で重点が置かれる場所はそこだ。
 アリバイ、トリック、検出されない毒。証拠と動機。犯人を逮捕する際、それを日本警察では重要視している。そして、熟練した捜査一課の刑事が抱えるであろう、証拠と記憶の払拭という壁。
「科学捜査にプロファイリング、そして情報収集の足。警察の能力も進化してきてる。完全犯罪が可能か考えるよりさ……警察はそんな馬鹿なこと許しはしないし優秀だろ? 貫野警部補」
 貫野が笑った。文目も目を丸くする。
「親父に聞いたよ。貫野さんが警部補に昇格したって……おめでとう」
 十一朗に、「あり――」まで言いかけた貫野の言葉が、
「先輩いつ合格したんですか? 教えてくれないなんて水臭いじゃないですか」
 文目の叫びでかき消された。
 いつもの……と思うより先に、貫野の平手が文目の頭に叩きこまれた。
 二人の争いを横に、裕貴が携帯の操作をはじめる。登録していた『貫野巡査部長』を『貫野警部補』に変更しているのだろう。
「そうだ。それと、貫野さんにお礼をいうの忘れていたよ。三人の弁護、有名な弁護士に頼んでくれたんだって? 法廷革命とか噂されている人に」
 十一朗に言われた貫野は、あからさまに嫌そうな顔をした。
「頼んだわけじゃねえよ。仕事を受けてやってくれないかって、親父に言っただけだ。腕は確かだよ。信用してくれていい」
 不意に貫野が懐を探って携帯を取り出した。通話をはじめると、何度かの応対をして電話を切る。
「悪いな、本庁からだ。戻ってこいとさ……帰るよ」
 踵を返した貫野を追うように文目もついていく。
「貫野警部補!」
 その貫野の背中に十一朗は叫んだ。貫野と文目が振り返る。
「俺、携帯買ったんだ。なにかあったら、ここに連絡してくれよ」
 電話番号とメールアドレスの書かれたメモを受け取って、貫野は笑った。
 二人の背中を十一朗と裕貴は見送ると、家に向かって歩きはじめた。散った桜の花びらで埋まる道を踏む度に、風で桜が舞う。
 舞い散る桜を見ながら、裕貴が十一朗に寄り添ってきた。