『待ってる』などと書かずに遺書のように書き込んだのは、十一朗と裕貴が何の覚悟もないまま、久保の姿を見た時に相当の衝撃を受けるためと考えたからだろう。
 久保の死を前に、もりりんは大粒の涙を流しながら、久保の涙を拭き、携帯にメッセージを打ちこんだ。そのもりりんを横に谷分が久保を吊るし、公開自殺に装った。
 今思えば、久保が死んだ翌日の集会後の部室で、ワックスが『もりりんの瞼が腫れあがってた』と言った。
 久保の死を伝えられたのは集会中のはずだ。しかも、公開自殺を見ていないはずのもりりんが校長の話だけで涙するとは思えない。
 実際、公開自殺を見たワックスも事実を受けとめきれない、泣けなかったと悔やんでいた。直接、久保を見ていなかったからかなとも続けた。
 既にもりりんは久保が死んだことを知っていたのだ。久保を殺した時から泣き続けた。それで瞼が腫れあがった。
 そして、十一朗たちとも顔を合わせられずに、家に帰ったのだ。
「……と、いうことは、日野みどりは直接殺しには関与していないってことか?」
 貫野が三人ではなく、十一朗に訊いた。日野を庇って谷分ともりりんが罪を被るかもしれないと考えたからだろう。
「第一、第二、第三の公開自殺に関わっている証拠はないけど、久保の事件には関わっていたはずだ。必死に抵抗する久保を、抵抗した後もなく自殺に装って、ひとりで殺すことは難しい。きていないもりりんに代わって、日野が久保の腕を押さえた。そして、谷分が縄で絞めた。そんなところだろう」
 十一朗の説明を聞いてから、貫野が日野を見る。
「間違いないです」
 日野は視線を落したまま答えた。
 もりりんが遅れていなければ、久保は殺されなかったのかもしれない。過ぎた今では何を言っても仕方ないが、それだけが悔やまれた。
「プラマイ……」
 不意にもりりんが十一朗に話しかけた。谷分や日野に感じない、観念した者の口調だ。
「俺が自殺に見せかける方法を二人に教えたんだ。首の絞め方、吉川線、死斑、事細かに俺の知っている知識全部を伝授した。二人は俺の妹のために、その通りに実行したんだよ。俺が二人にそうさせたようなものなんだ」
 次にもりりんは貫野と文目を見た。
「ねえ、刑事さん。俺が主犯になるだろ? 俺がそんなことを教えなければ、亮もみどりも人を殺すような真似はしなかったんだ……それに、俺が一番年上だ。だから――」
 もりりんが貫野に縋りついた。泣きながら滑り落ちるように床に両膝をついた。
 貫野は何も言わなかった。泣き続けるもりりんを見つめ続けていた。
 第三の公開自殺も谷分と、もりりんで実行したのだろう。全てが計画的で、他殺が自殺として処理されるほどの計算され尽くした犯行だった。
 この他の公開自殺に三人は関与していないはずだ。第三の公開自殺、元サッカー選手の青年に習って行われた模倣自殺であり、皆が続いたものだろう。
 臓器移植の意思があると書き込んだ者に倣い、他の者たちが次々と公開自殺をする。三人の思惑通りに世間は反応した。
 人を殺したいと思った。それだけを理由に大量無差別殺人をした男に誘発されて、第二、第三の模倣犯が出る現実。その男を神と拝める者までいる現実。
 ここが自殺の名所と言われれば、そこに自殺者が増える現実。そこに行く者がいる現実。
 衝撃的な事件が起きれば、目立ちたいということだけを理由に真似をする馬鹿がいる。
 公開自殺を起こそう。そうすれば摸倣自殺者が増えるはずだ。そう考えたのは、心理学をよく知るもりりんの案だろう。
「けど……」
 両膝をつきながら泣いていたもりりんが呟いた。
「神様って不公平じゃないか。何で生きたいって思っている遥に元気をくれないのに、何で死にたいって思ってる奴に健康をあげるんだよ。何で悪い奴に権力を与えて、良い奴に苦しみを与えるんだよ……そんな世界間違ってる。間違ってるだろ」
 もりりんは床に拳を叩きつけた。誰もその問いに答えることはできなかった。
 何十年、いや、何百年、千年以上かかっても、この問いに納得できる答えを出し、解決できる人間は現れないだろう。
 もりりんが立ちあがった。瞼は腫れあがっていた。久保が死んだ時以上に泣いたのか、久保が死んだ時のほうが泣いたのか。
 もりりんは何も言わずに、貫野に両手を差し出した。手錠を掛けてくれという動きだ。
 自首させたい――そう告げていた十一朗の気持ちを取って、貫野が複雑な顔をした。いつもと同じように頭を掻いて声を出す。
「くっそ。手錠忘れた! 犯人追跡中に手錠持ってないなんて知れたら、完全に始末書もんだな……面倒くさいから、俺は何も見てねえや。だから自首してくれ」
 文目が含み笑いをしながら、貫野の懐をつつく。微かな金属音が確かに響いた。
 即座に貫野が文目を叩く。前代未聞の行動を起こす刑事たちを見ながら、もりりんは目を丸くしながら十一朗を見た。
 しかし、どんな理由があろうとも三人が起こしたのは殺人事件だ。罪は償わなければならない。
 十一朗は口を開いた。
「谷分さん、日野さん……自首してくれますよね?」
 十一朗の問いかけに、二人は首を縦に振り、
「全て正直に話します。罪を償います」と続けた。
 久保を殺した犯人にもりりんがいた事実。ワックスと裕貴は視線を落したままだった。
「あと、もりりん。どうして久保の涙を拭ったんだ? メールも無視して、返信する必要なんてなかったはずだ」
 もりりんは十一朗を見た。そして肩を震わせた。すぐに裕貴が反応する。
「もりりんが京子の死を悲しんで、私達の気持ちを察したからに決まってるじゃない!」
 そうだ、普通はそう考える。しかし、自殺屋Оの正体を自分の力で確信した十一朗には疑問が残っていた。
「それがなければ、俺は自殺屋Оに辿りつけなかったんだよ。もりりん、本当は俺に犯人だと気づいてもらいたくて、そうしたんじゃないか?」
 一旦、離れていた貫野が驚いて駆け寄ってきた。
 無理もない。十一朗が自殺屋Оの正体を解き明かさなければ、谷分と日野の自供には繋がらなかった。もりりんひとりが自首しても、谷分と日野との関係がばれれば、二人は逮捕されてしまう。
「久保ができなかった三人に自首を勧めること。それを俺にしてほしかったんじゃないか? 俺ならそれができると思ってくれたんじゃないか?」
 もりりんが微かに笑った。
「プラマイには敵わないなぁ……」
 小さな声だった。
「京子ちゃんさ……俺の妹が重病だって知ってて、よく手作りクッキーくれたんだ。妹も喜んで食べてくれた。もう終わらせたい。そう思ったら、プラマイの顔が浮かんだんだ」
 もりりんの話が終わった途端、貫野が割りこんできた。十一朗に顔を近づける。
「こっちにもわかるように説明しろ、どうしてОが誰かわかったんだ?」
 十一朗はワックスを見た。
「ワックス! 裕貴は消しちゃったから駄目だけど、あのメールそっちに転送したよな?」
「メール? ああ、あれか……転送してるよ」

【裕貴ちゃん。今までありがとう……みんなにもよろしく言っておいて】

 ワックスが出した携帯のメールを見て、貫野が目を細くした。