もりりんが、前に進み出た。
「みどりに私たちが自殺屋だと知っている女がきた。私たちの関係を彼女は全て知っている。しかも、全員で会う日を指定された。このままだと犯行がばれてしまう。どうしたらいい? と、泣きつかれたんだ」
 久保はもりりんではなく、日野に対して公開自殺事件を追及した。男相手に正面切って争えば、不利だと感じたのと、自分を誰だか知っているもりりんと顔を合わせるのは危険と感じたからに違いない。
 中学生の日野みどりは、どう対応していいかわからずに相談したのだろう。谷分ともりりんに。もりりんは口ごもった。
 自首――それを考えた瞬間だったはずだ。しかし、目的を完遂すると決めた谷分と、捕まるのを恐れる日野、自首を思うもりりん、三人の決意が異なって歯車が狂いはじめたのだ。
 久保事件の全容が見えた。久保は自殺屋と会う約束した前日、ミス研内で明日会おうと話を振った。目的は人数が多ければ殺される危険はないと感じたこと、自殺屋に自首を勧めることだったはずだ。
 集団いじめを受けた日野、父親の暴力を受けていた谷分、妹に移植を受けさせるために日々奮闘しているもりりん。三人の動機を知った久保は、警察に届けることはしなかった。
 同情したのであろう。ルポライターに一番必要なのは、包み隠さず真実を伝えることだ。
 逮捕ではなく、自首というかたちで決着をつけてほしいと思ったに違いない。しかし――。
 谷分と日野には伝わらなかった。久保が自首させようとしてくれているなどとは微塵も思わなかったのかもしれない。金目当てで近づいてきた敵として久保を捉えた。
 そして、両者の思いの擦れ違いが招いた、悲しき結末が待っていた。
 十一朗は空気を吸いこんだ。吐いた瞬間、全ての器官に酸素が流れこんでいくのを感じた。
「久保は前日に、俺たちもきてくれと頼んでいたんだ……三人に金を要求するつもりなんて、これっぽっちもなかったんだよ。動機も調べていた。もりりんと日野の関係も、もりりんの妹と谷分の関係も知ってた。同情したんだよ、あんたたちに。動機ありで自首なら罪が軽くなる。もう罪を繰り返さないでほしいという願いも持っていたんだ。罪を償って更生してくれ、そう願って会おうとしていたんだよ」
 十一朗の叫びに、谷分が「嘘だ……」と言って膝をついた。
「そういう奴なんだ。久保は……もりりんに聞けばわかるよ。そして、もりりんは気づいていなかったんだろ? 公開自殺について日野を責めた女が久保だってことを」
 もりりんは、首を縦に振った。
「金が目的で近づいてきた女だ。殺すしかない。そう亮に言われたんだ。俺もそんな奴は殺してもいいと思った。久保が死んだあの日の朝。俺は体調が崩れた妹の看病をしてから、住所を頼りに現場に向かったんだ。久保の住所は知らなかった。だから、表札を見て驚いたよ。慌てて周りを見たけど亮とみどりの姿はなかった。久保の家の中に入ったら、もう全てが終わっていた……」
 既に事切れた久保を見て、もりりんはかなり動揺したはずだ。後の行動が心境を示している。そして、犯罪捜査学に乏しい谷分もはじめての事態に混乱した。それが、久保の失禁だった。
 ショーケースで失禁跡を隠したのは、もりりんの判断だろう。同時に以前の公開自殺から、自殺に見せかける方法を学んでいた日野が、開いていた久保のホームページに侵入して遺書を打ち込んだ。

【御免なさい・・・疲れました。疲れたので死にます。さようなら】

 そのために日野の文体となった。
 ――と、なればショーケースを動かしたのは谷分ともりりんということになる。
 貫野が動いた。「腕をしつれい」と見せてもらう許可を得てから、谷分ともりりんの服の袖を見る。谷分の袖のほうに、わずかに染みのような物が見えた。血痕――。
 久保の親指の傷から出た血に間違いないだろう。谷分が現場にいたという証拠であった。
「ねえ、じゃあ、私の携帯にメールを送ってきたのは……」
 裕貴が携帯を出して、十一朗を見た。十一朗は迷わず答えた。
「もりりんだよ。もりりんが打ちこんだんだ」
 裕貴のメールが久保の携帯に送信されたのは、時間から考えて三人が犯行を終えた直後だと思えた。落ちていた久保の携帯が反応したのを見て、もりりんは咄嗟に相手の名前を見たのだろう。

『三島裕貴』 
 十時に行くよ。

 昨日の部室の中での会話を思い出したはずだ。返信せずにはいられなかったのだろう。

【裕貴ちゃん。今までありがとう……みんなにもよろしく言っておいて】

 そう返信した。