人相を知られていないワックスを前にし、自分たちはその後ろを歩く。貫野たちは逆の歩道から、二人の動きを予想しつつ追跡していた。
 近くも遠くもない距離を保ち、速度を相手に合わさず、対象と目が合わないように視線を下に置く。刻みこんだ知識を総動員させる。気づかれたら終わりだ。
 その時、前を歩くワックスが突然、こちらを振り向いた。そのまま行けとジェスチャーするが、十一朗の隣についてしまった。
「俺さ、どっかでこんなことした覚えあるんだよな。ほら、デジャブーってやつ?」
「そんなこと言うためだけに、隣にきたのかよ?」
「何かまずいの?」
 クッキーに釣られてミス研に入部したワックスだ。警察関連の知識はまるでない。だから、こんな頓珍漢な行動をする。尾行中に目立った行動をするのはご法度だ。しかも、十一朗と裕貴は谷分に顔を知られている。
 慌てて十一朗は裕貴の腕を引いて角に隠れた。ワックスも釣られて隠れてくる。
「ほんっとに、何考えてんだよ」
「怒るなって、デジャブーっていっても凄い鮮明なんだよ。どこだか思い出せないけど」
 十一朗は頭を抱えた。角から顔を覗かせて二人の様子を窺う。幸い気づかれていない様子だ。気を取り直して先程以上に慎重に尾行することにした。
 距離を更に取って十一朗が先頭で進む。裕貴とワックスには後について、カップルを装うようにと指示した。
 二人を尾行する貫野たちの背中を追うかたちを取った。すぐに目的地が見えてくる。その建物の中に貫野たちが入った。巨大な四階建ての建物の前にはタクシー乗り場。その向こうには立体駐車場が見える。そして救急車両が横づけされていた。
 どこからか放送が聞こえてくる。
『医師長、医師長、南館二階まで至急お願いします――』
 松葉杖をついた男性とすれ違った十一朗たちは建物の中に入った。待合室と受付。
 後から入ってきたワックスが、十一朗の後ろで呟いた。
「病院? なんで自殺屋がこんなところに……」
 ワックスはしっかりカップルを装っていて、裕貴の肩を抱いていたりする。病院に入って十一朗と合流した途端、迷惑そうに裕貴が離れた。
「そんなに嫌がんなくてもいいのによ……」とワックスは息を吐く。
 ワックスの疑問。人殺しが何故、命を繋ぐ場所にきたのか。
 十一朗には全てわかっていた。入ってきた十一朗たちを見つけて、貫野と文目が駆け寄ってくる。
「入院病棟のほうへ行った。エレベーターの動きを見たら四階だ。谷分と日野がいるのは、そこと見て間違いないだろうな」
 貫野は二人が、なぜここにきたのか知らない。何も知らない段階で深追いすると、自殺屋事件の追及が難しくなる。そう懸念しているため、途中で追いかけることをやめていた。
 しかし、十一朗は違った。謎を解く絶好のチャンスはここしかないと考えていた。
「よし、そこに行こう。入院病棟の四階だな」
 エレベーターのボタンを押して、一階に来るのを待つ。待ちながら貫野は落ち着きなく体を揺らしはじめた。
「行くってお前……俺たちは顔を知られているんだぞ。目が合ったら終わりだろーが」
「目が合ってもいいんだよ。ここで追及するつもりなんだから。それに現場を押さえないと意味がない」
 貫野が目を見開いた。現場を押さえないと意味がない。その言葉の意味を捉えたのだ。
「現場逮捕するっていうのか?」
「現場逮捕って……自首させる約束だろ。谷分と日野には久保殺しの証拠がない。ならどうすればいいのか。そう考えたら、谷分と日野とОが一緒にいる、その現場を証拠に二人を問いつめるしかないだろ」
 十一朗が説明を終えた時、エレベーターの到着音が響いた。十一朗たちだけが乗りこんだ。