先に車を降りてきた貫野が、タバコを銜えながら歩いてくる。
 その姿を見て、初対面のワックスが頭をさげた。
「東海林十一朗くんと同じミス研に所属している、氷川零です」
 貫野はワックスの紹介に「ああ」と軽い返事だけすると十一朗を見た。どうして他の奴まで連れてきたんだというような視線をぶつけてくる。
 ワックスも緊張して、体を強張らせていた。前に裕貴が説明した、泣かせの事情聴取をする刑事。それを覚えているのだろう。
 十一朗は妙な空気を払うつもりで、貫野に目を向けた。
「俺たちは渾名で呼んでる。ワックスって……ワックスの助言もなきゃ、駄目だったんだよ。それにここにいてくれなきゃ困るんだ。久保をよく知っているのは、俺たちミス研部だから」
 貫野が首を傾げた。話題を振られたワックスも不思議そうに十一朗を見る。
「言っている意味がよくわからないが、そういうことなら仕方ないな」
 何となく納得した貫野が、大きな溜め息を吐く。
「他の奴等の目を盗んで出てきたんで、遅くなっちまったんだ。行き先が同じじゃないかっていうのも知りたくてよ……様子を見てから出てきた」
 電話向こうで言っていた、自殺屋が自首したという掲示板の書き込み。他の刑事はこれが本当の情報かという確認作業に追われているという話だった。
 本当の情報か確認すると同時に、どこから発信された情報かという作業もしたはずだ。
「捜査の攪乱を狙って犯人が嘘の情報を流すってのは、よくあることだからな。書き込みの内容も犯人しか知らないものもあって、最終的に市内のネット喫茶からだとわかった。ただ、ここじゃない。この前まで谷分と日野が出入りしていた場所だ」
 久保が死ぬ前に出入りしていた自殺志願者サイト『エンドウとキンセンカ』。そこで谷分が久保と接触していたことはもうわかっている。
 そしてその時、谷分が利用していた場所から、今回の『自殺屋逮捕』という嘘の情報が流されたというのだ。
 これは偶然なのだろうか? いや、偶然とは思えなかった。
 一気に話を終えた貫野がタバコに火を点けようとする。しかし裕貴が飴玉を差し出した。
「ここ、喫煙禁止区域。この際だから、やめればいいのに」
 裕貴に渡された飴玉を口に入れた貫野は、苦い顔をする。
「で? Оらしい男の目星はついたのか? まあ、一般人は事情聴取なんて真似できないから、無理だろうけどな……」
 貫野は飴を口の中で転がしながら言った。自殺屋Оの正体は、警察もつかめていないところだ。喉から手が出るほどОの尻尾を捕まえたいだろう。
「Оの正体はわかった。だけど動機がまだだし、自供もさせたい」
 貫野が目を見開いた。十一朗の胸倉をつかんで引き寄せる。
「ちょっと、先輩」
 エンジンをとめて降りてきた文目が、慌てて駆け寄ってきて貫野をとめた。
 乱れた服装を十一朗は整え、貫野は文目の腕を振り払う。
「ちゃんとОが誰だかは教えるって。けど、それには段階を踏まないと駄目なんだ。行き成りОに辿り着いたら、谷分と日野は絶対に自供しない。Оにしてもそうだ。二人が関与したなんて、絶対に口を割らないよ」
 十一朗の叫びに、貫野が「くそっ」と吐き捨てた。
「まるで全部わかっているような言い方だな。実際はどこまでつかんでいるんだ? 高校生名探偵殿」
「Оが誰であるかだよ。だけど、Оと谷分と日野が接触している瞬間を確認しなきゃ、全てが繋がらない。そして、俺の推理では三人は今日、絶対に接触する」
 裕貴とワックスが、ネット喫茶を見た。日野が中にいると二人は知っている。二人の動きを見て、貫野が敏感に反応した。
「誰か中にいるのか?」
「日野みどりは確認済み。二人分の食事を持って入ったところを見ると、あと一人、中にいるはずだ。それが谷分かОかは断定できないけど、俺の推理では谷分のほう」
「どこからそんな推理が働くんだか……」
 十一朗の中には確信があった。Оの正体を知っている、そこから導き出される推理。
 その時、ネット喫茶の扉が開いた。全員、隠れて出てきた者の顔を見る。
 出てきたのは二人、青年と少女。コンビニ弁当を持っている。谷分と日野だ。
 谷分と日野の二人は、前に着ていた物と同じ上着を羽織っていた。カップルのように肩を寄せ、言葉を交わしあっている。信号を渡った二人は、目的地が決まっているかのように澱みなく進みはじめた。
 貫野は文目に指示すると二人に気づかれないよう、間隔を取って尾行しはじめた。
 貫野が十一朗に目配せする。十一朗も裕貴とワックスに指示を出した。推理小説や刑事関連本で、犯人の追跡方法は知っていた。実践経験はまるでないが、全く警戒していない谷分と日野相手なら、支障はないだろう。