リストラされたと同時に性格を急変させ、妻子に暴力を奮った男。妻子に恨まれ、冥福も祈ってもらえない。それが彼の末路となったのだろう。
 線香を立てた十一朗は会社員の冥福を祈った。裕貴と貫野、文目も続いた。
 その間、亮の母親は出てこなかった。いるはずの日野みどりの気配も感じられなかった。
「あの……奥さんは?」
 線香をあげた貫野が話を振った。亮が眉を動かす。そこに怒りが滲んでいた。
「入院しているよ。体を壊していたのに無理して働き続けるからだ。そもそも、親父が真面目に次の仕事を探して勤めていれば、こうはならなかったんだ。なのに俺のバイト代もおふくろの給料も、酒や賭け事で使い切っちまうし、こういうのもなんだけど、死んでくれて清々してるよ」
 亮は十一朗たちが日野みどりの存在に気づかないふりをしていること、事件に興味がなさそうにしていること、そんな芝居をしているとも気づかずに、完全に警戒を解いていた。
 死んで清々しているという本音が出た。もう線香をあげになどくるな。こいつは憐れみを受けるような奴ではないんだ。亮はそう言いたかったのだろう。
「親父が残してくれたものなんて、リストラした会社から渡された気持ちの謝罪金だけだ」
 亮は貫野たちを見た。会社の者と聞いて、父親をリストラさせた者ではないかと勘繰ったのかもしれない。睨まれて貫野は口を開いた。
「我々も社に対しては同じ想いです。しかし、この景気ですからね……残念ですが、全く変わっていないのが現状です。実際、我々もリストラされた身ですので」
 貫野はリストラされた会社員を見事に演じていた。妙なところで機転がきくようだ。
 すると、亮は表情を歪めた。
「けどよ、暴力なんて。職を失っても頑張ってる人はいるはずだろ。それなのに酒と賭け事でうっぷん晴らす馬鹿がどこにいるよ。家族まで巻きこんで最低だ」
 亮は父親のした横暴を責めた。
 職を失っても頑張ってる人はいるはずだろ。それなのになんで『自殺なんか』とは叫ばなかった。
 そこに死んだ父親を憐れむ気持ちはない。父親がしたこと、存在すらも否定した。
 文目が何かを言いかける。貫野が感じ取ってか直前でとめた。ここで聞いてはいけない質問がある。「お父さんを恨んでいたんですか?」その核心をつけば警戒されるであろう。
 そんな貫野と文目の争いに気づかずに、亮は更に続けた。
「母さんと仏壇は親父の実家に渡すと決めたんだ。もうごめんなんだよ。親父に振り回されるのは……」
 亮は「帰ってくれないか……」と呟いた。最後まで父の死を悲しむ言葉は出なかった。
 住民に言われたら聞くしかない。十一朗たちは席を立つと玄関へ向かった。亮は玄関まで十一朗たちを見送りにきた。
「お邪魔しました。お母さんにも、お大事にとお伝えください」
 十一朗の別れのセリフに、「ああ」と気持ちのこもらない返事をして亮は扉を閉めた。
 外に出るまで文目が落ち着かずに体を揺らしていた。そして、家から離れて声をあげる。
「なんで無理にでも日野みどりを捜さなかったんですか。そうすれば第一、第二の公開事件に関して追及できたのに」
 目の前に犯人がいるのに手出しできない。その苛立ちが表に出るのも当然だ。怒りを滲ませた貫野に代わって、十一朗は進み出た。
「今、追及したら日野も谷分も警戒して動かなくなる。今は尻尾を捕まえたまま泳がせるほうが妥当だよ……それに、どこで二人が出会い、想いが一致したのかもわからない」
 十一朗の意見に、貫野が同意するように首を縦に振る。
 そう、本当は何もかもつかめているようで、全く証拠がないのが現状だ。焦ると捕まえた魚を逃がしてしまう。それだけは避けなければならない。
「それと、俺が引っかかるのは第一の公開自殺事件時の日野のアリバイだ。塾に行っていた。これは完璧なアリバイだから、二人が犯人なら、谷分一人で犯行に及んだことになる」
 裕貴が「あっ」と気づく。
「一対一ならさすがに女でも抵抗するよ。そしたら吉川線もあるだろうし、犯人を引っ掻く可能性だってある」
「ま、それがあっても火葬された今では確認できないけどね。けど検視しているんだから見落としはしていないだろ……問題は第一の公開自殺をした小林沙耶は、面識のある日野なら部屋に入れただろうけど、面識のない谷分を入れるかって疑問」
「そこで、第一の公開自殺の少女と付き合っていた男が出てくるんだ……」
 十一朗と裕貴、二人の話を聞いて貫野が「そうか」と唸る。
「谷分と付き合っていた可能性が高いってことか……だとしたら、第一の現場に奴の証拠があるかもしれないな」
「娘さんが自殺じゃないかもしれない。証拠を探したいといえば、母親は喜んで協力してくれるよ。都合よく母親は何も触ってないって言ってたし、現場保存は最良の状態だ」
 言って十一朗は貫野に手を差し出した。何を渡されたのかわからずに貫野は手を広げる。
「お前っ、いつの間に」
 十一朗が渡したのは毛髪だった。谷分家で落ちていた何本かを見つけて拾ってきたのだ。
 長さや色が違うものもある。その違いはおそらく、谷分亮と母親の美和子、出入りをする日野みどり、亮の祖父母の毛髪だからだ。
「言ったろ。確信をもった以上は徹底的に調べるって……」
 突然、貫野が笑いながら十一朗の頭を掻き回した。
「大した奴だよ、お前は。こいつは証拠になるかもしれないぞ」
 もし、第一の公開自殺の現場と久保殺害現場に、死んだ本人や家族のものではない毛髪が落ちていたら、谷分家で拾った毛髪とDNA照合をする。現場と谷分家で見つかった毛髪のDNAが一致すれば、日野、谷分のいずれかが現場を出入りした決定的な証拠となるのだ。
 そうなれば、あとは被害者と日野、谷分の関係を追及するだけ――解決が見えてくる。