「他人事じゃないよ。俺だって久保が死んだのを目の前で見ているんだ。だから、確信をもった以上は徹底的に調べる」
 貫野に反論してから、十一朗は谷分宅に向かって歩を進めた。慌てて貫野がついてくる。
「待て待て、どういう顔して会うつもりだ? あなたは犯人ですかと聴くつもりか?」
 ついでについてきた文目も、不安そうな顔で見つめている。十一朗は笑ってしまった。
「まさかぁ……それで俺が殺されかけたら、貫野刑事と文目刑事が飛びこんできて、犯人を取り押さえる。観念した犯人が全て語ってくれればいいけどね。そんな推理ドラマ展開なんてないだろ……それとも誘導尋問でもする?」
「よせよせ。二度と奴らに近づけなくなるぞ。吐かせられなきゃ終わりだ」
 あまりにも貫野が必死なので、十一朗はからかうのをやめることにした。
 情報通のおしゃべりおばちゃんから受け取った郵便を、貫野の前に突き出す。
「ただ届け物を渡すだけだよ。それと、住所変更をしてくれって頼むだけ。まあ、うまく話題にのれたら、元会社員の父親の話についても訊くつもりだけどね」
 膨らんだ風船の空気が一気に抜けたように、貫野は肩を落とすと深く息を吐いた。
「くそっ、脅かすんじゃねえよ……」
「貫野刑事もくる? 嘘も方便って言うし、何とでも理由をつけるよ……その代わり口裏を合わせてくれよ。それが条件」
「高校生のガキに条件突きつけられてもなぁ……」
 貫野はタバコを取り出して銜えた。社会人の大人が高校生に見せる精一杯の反抗だろう。
 しかし、自分を見つめ続ける六つの瞳に気づいて、タバコをしまい直す。そして、振り返りざま、文目の頭を叩いた。
「いって……突然なにするんですか! 先輩」
 前置きなしに叩かれた文目は、たまったものじゃないだろう。我慢の限界もあるはずだ。
「俺が言いにくいことはお前が代弁して言うんだろうが。付き合い長いんだから気づけ」
 貫野が無茶苦茶な理論を立てて、文目を責める。「ああ」と変な納得をして、文目は深々と頭をさげた。
「では、お願いします。刑事部長の息子殿」
 十一朗は一連の刑事漫才を見てから、チャイムを押した。住人に来客を知らせる鐘の音が響くのが聞こえる。返事はない。中に二人がいるのは確認している。居留守――。
「谷分さん。お届け物です。それと伝言があるのですが」
 知っている上で、わざと十一朗は中にいる男に呼びかけた。出てこいと念じた。
 程なくして足音が聞こえてから玄関が開いた。キーチェーンを掛けた状態の隙間から顔が覗く。高校生の男――第二の公開自殺を起こした会社員の息子、月芳亮(りょう)に間違いない。
 定まらない視点が泳いでいる。月芳亮は十一朗を見て警戒している様子だった。第一の事件と第二の事件の関係者の密会。犯人でなくとも、疑われるのではないかという不安がチラつくだろう。
「届け物と伝言って?」
 亮が出てきた理由は、届け物と伝言を知りたかっただけではないのだろう。自分の周囲を嗅ぎ回っている犬たちの素性を確かめたかったのかもしれない。
「引っ越し前の家に郵便物が溜まっていたので、届けにきました。あと、住所変更をしてほしいのですが」
「あ……そう」
 亮は拍子抜けしたような声を出すと、十一朗が差し出した郵便物を受け取った。そして、礼を言うこともなく、すぐに扉を閉めようとする。
「あ、それと!」
 直前で扉が閉まるのがとまった。十一朗が足先を突っこんだのだ。意外にも重い衝撃から、十一郎は痛みで顔をゆがめた。
「今度はなに?」
 怒気を抑えこんだような顔で亮は十一朗を睨みつけた。亮と目が合って気づいた。瞼の上に深い切り傷の跡がある。暴力を受けていた痕跡だ。確認してから切り出した。
「月芳さんの会社の方と偶然そこで会って、一緒にきたんです。よければ話を――」
「親父の会社の?」
 亮は扉を開いて貫野と文目を見た。裕貴にも視線を向ける。目が合って全員が会釈した。
「彼女は僕の幼馴染みです。僕たち、お父さんのことを聞いて、お線香をあげさせてもらいたくてきたんです」
 お気の毒にと付け加えた。亮は下唇を噛む。迷った様子だったが、扉を開いた。
「いいよ、入って。仏壇はこっち」
 求めていたかたちで室内に入ることができた。居間に通される前に日本茶の香りがした。客がいることを示している。しかし、仏壇の前には日野みどりの姿はなかった。
 詮索されるのを恐れて、どこかに隠れたと考えたほうがいい。
 十一朗は仏壇を前にした。線香は立てられていない。それどころか、燭台に立つロウソクにも火を灯した形跡がなかった。