「で? 俺が頼んだ男の正体は? まだ、つかめてないんだよな?」
 十一朗に貫野は「けっ」と吐き捨てる。
「わかりゃ苦労しねーよ。教えてくれたら、江戸前寿司でも高級焼き肉でも奢ってやらあ」
 十一朗たちがどこまで真相に近づいているのか、貫野はつかみ切れていなかったらしい。不用意に告げられた約束を聞いて、十一朗は笑った。
「男なら約束は破らないよな? 絶対だぞ」
 聞いて貫野が目を見開く。十一朗は貫野たちの動きを押さえて、塀に隠れるよう指示した。
「きっと、日野みどりがここにきたのは偶然じゃない。会いにきた相手は多分――」
 日野みどりの歩みが、ある一軒家の前でとまった。そして、家の呼び鈴を押す。十一朗たちはその様子を、慎重に観察し続けた。
 程なくして玄関が開く。日野を中に招き入れたのは高校生と思われる男だった。
 一部始終を見守った貫野は、十一朗のほうに振り返る。
「知っている男か?」
 問いに答えずに、十一朗は日野が入った家の表札を確かめるために駆けた。予想違えることなく、期待通りの名前が記されていた。
『谷分』第二の公開自殺事件を起こした会社員の妻の旧姓だ。
 第一、第二の事件の関係者が繋がった。
「おい、黙ってないで話せ。こっちは情報提供してやったのに、何も聞いてねーぞ」
 苛立ちながら、貫野が言い寄ってくる。十一朗は抑えるように手を差し出した。
「貫野刑事、捜査中のネットカフェに出入りしていた男の写真持ってる?」
 途端に文目が懐を探り出す。どうやら写真は彼が持っているらしい。大して時間もかけていないのに「おせーよ」と、貫野はまた文目を叩いた。
 まるで卒業証書授与のように、文目が写真を捧げ出す。表情ひとつ変えずに貫野は写真を奪うようにつかみ取ると、商品を鑑定するように写った男を見た。
「男の顔は写ってないから確実とは言えんが。まあ、体格は似てるっちゃぁ、似てるかな」
 十一朗と裕貴も写真を見る。確かに唾付きの帽子とマスクだ。しかし、服装はわかる。紺のジャケットにジーパン。
「着ていた服装が似ている。このジーパン、ダメージ加工したものだよ。これはひとつとして同じものが存在しないから、証拠としては十分だ」
 瞬間、文目が動こうとした。慌てて十一朗と貫野が彼の襟首を捕まえる。
「馬鹿野郎」
「落ち着けって」
 貫野と十一朗、言葉は違ってもほぼ同時に声を出した。裕貴がそれを見て笑う。
「二人の行動、似てきたね」
「似てねーよ」
 今度は異口同音だった。襟首をつかまれたままの文目が複雑そうな目で見た。ほぼ同時に、文目の襟首を二人で離して、声を出すタイミングをお互いに計る。
 貫野のほうが咳払いをした後に、口を開いた。
「今の時点で事情聴取しても、二人が久保殺害事件にかかわった証拠がねえ……サイトの出入りも、ネットカフェに行ったのも偶然。久保と会う約束はしたが、会っていないと言われたらそれまでだ」
「でも――」と、今度は裕貴が続ける。
「日野みどりと谷分が関係を持っていたとしたら? 自殺屋事件には近づくんじゃない?」
 貫野が「あのなぁ」と言いながら口火を切った。
「その谷分って誰だ? もったいぶらないで教えろ」
 確かに十一朗は貫野たちには話していない。不思議がるのも当然だろう。
 裕貴に代わって今度は十一朗が続けた。
「第二の公開自殺で命を絶った、会社員のひとり息子だ。奥さんの旧姓が谷分……そして、その会社員も自殺する理由が見当たらなかった。リストラされた後は、かなり家族に暴力を奮っていたらしい。高校生の息子が「ぶっ殺す」と息巻き、父親は「死んでやらねえ」と言い争っていたと近所の人も言っている」
「父親を殺す動機が、息子にはあったってことか……」
「ああ、そして日野みどりが第一の公開自殺で死んだ、沙耶という少女を殺す動機もね」
 殺したい相手がいるという共通の動機があり、公開自殺事件とお互い関わっている事実。
 更に現在、ともに行動をしている二人。それを理由に署へ同行を願うのは容易いだろう。そう貫野は考えているはずだ。
 しかし、問題はその後の事情聴取だ。第一、第二の公開自殺が他殺だったと決定づける証拠もなく、二人が久保と接触していたとしても、久保を殺した証拠がない。
 アリバイがないこと、犯人が書いたと思われる遺書である三点リーダーの共通も、証拠としては不十分だ。
 本人が久保の殺害現場にいた。毛髪や指紋が発見され、目撃者がいたというような決定的なものが必要だ。
 貫野は「くっそ」と言うと頭を抱えた。
「とまったよ……あいつ等が犯人に決まってるんだ。久保は二人に自首を勧めて殺された。これで決まりだ。それなのに証拠がねえ」
 十一朗も「そうだなぁ」と答える。「他人事かよ」と貫野が呟いた。