十一朗が受け取った封筒を、裕貴が覗きこんでくる。
「そんなに遠くないね……本当はもっとはやく引っ越したかったんじゃないかなぁ。けど、話を聞くと、かなり旦那さん暴力的だったみたいだし」
 リストラをされた家の主人は、紐のような存在になっていただろうと想像がつく。母と子は、すぐにでも逃げ出したかったに違いない。
 だが、生活に苦しい二人の逃げ場所は、実家しかなかった。実家に逃げこんだとしても追ってくるはず。そんな恐怖の中、二人は生きていたに違いない。
 届けられた他の封筒の宛名を見た。『月芳登(のぼる)』。これが自殺した会社員の名前だろう。その他に、『月芳美和子』というのがあった。これは会社員の妻――そして最後に、『月芳亮』。高校生の息子の名前だろう。十一朗は封筒を纏めた。
「ここの主人も、自殺じゃないんじゃないかな……」
 推理の終着点から、十一朗はそう感じた。
「自殺じゃないって? じゃあまた、自殺に見せかけた他殺ってこと?」
「絶対に死んでやらねえ。そう叫んだ男が、突然気持ちを切り替えると思う?」
「うううん」
 裕貴は否定した。
「けどさ、プラマイの言うことが正しいなら、第一の公開自殺と第二の公開自殺の両方が、他殺ってことになるよね?」
「なるよね……じゃなくて、そうなんだよ」
 突然、死ぬ気のなかった者が自殺する。しかも公開自殺という計画的なことまでする。
 そんなことがありえるのだろうか? いや、突発的な自殺ならそれはない。
 第一の公開自殺者の少女は、いじめをしており、周囲の恨みをかっていた。
 第二の公開自殺者は、暴力的な男で妻子に恨まれていた。恨まれていた点は同じ。殺される理由がある。自殺よりも他殺の可能性が高い。
 問題なのは証拠だ。第一、第二の事件の遺体は、すでに火葬されており再捜査は不可能。そしてそれが自殺ではなく、他殺であると確定づけるものもない。警察も同じ理由で捜査が難航している。
「証拠だ……証拠がなければ、はじまらない」
 第一、第二の事件の証拠がつかめれば、久保の事件にも繋がるはずだ。十一朗の口から、そんな思いが言葉になっていた。
 目的地が近づきはじめた、その時だ。
「うわっ」
 角を曲がった途端、十一朗は勢いよく飛び出してきた相手とぶつかった。顔面を思いっ切りぶつけたので、痛みを堪えるのに必死だ。顔もあげられない。そうしている内に、
「貫野巡査部長」
 相手の顔を確認した裕貴が声をあげた。慌てて十一朗も顔をあげる。
「巡査部長って言うな。つーか、何でまたお前等と会うんだ?」
 いつも通り、おなじみの口調で貫野が声を荒げる。後ろには文目の姿も見えた。
「それはこっちのセリフだよ……なんで第二の事件追ってて、巡査部長に会うわけ?」
 貫野はもう一度、巡査部長と言われたのを修正しようして、体を動かしたが、
「はぁっ?」と、逆に聞き返してきた。
「なに言ってるか意味わかんねーよ。お前に頼まれた男の正体がなかなかつかめなくってよ。だからといってとまっているわけにもいかねーし、俺たちは自殺志願者サイトで久保と接触していた相手を調べていたんだ。そしたらそいつがネットカフェ利用者でな。防犯カメラに写っていたんだが、登録された住所や氏名がでたらめ。おまけに唾付きの帽子とマスクで顔を隠してやがったんだ。仕方がないから張りこんで、そいつを見つけたらしょっぴくっていう手筈だったんだが、代わりに――」
 貫野が話をとめてから、追跡してきたであろう相手を指差す。ショートカットに紺色のコート。背中なのでよくわからないが、女性というよりも女の子ぐらいの年頃だろうか。ゆっくりとした歩調で進んでいた。
「……誰? 自殺屋事件に関連ある人?」
 問いかけた裕貴に、貫野は「顔はわかんなかったか」と答える。そして、
「日野みどりだ」
 十一朗も驚くことを言った。
「日野? いじめにあっていた日野みどり?」
「声がでけーよ。しかもネットカフェで触っていたパソコン。何を見ているのか確認したら、あの『エンドウとキンセンカ』だった」
 自殺志願者サイト『エンドウとキンセンカ』に、日野みどりと久保が出入りしていた。それは、二人が接触した可能性が高いことを意味していた。