「少女が自殺した日は雪だった。地面は相当、ぬかるんでいたはずだ。それで、足跡でも残っていないかなと思ってさ」
「殺すことを目的に、誰かが隠れていたってこと?」
 公開自殺をするには、かなりの時間が必要のはずだ。少女が一人になる瞬間を、自殺屋が窺っていたとも考えられる。しかし――
「それはないかもな……足跡はなかったし。まあ、二か月も前だから証拠も消えてるだろうけど」
 残念ながら見つからなかった。
「足跡があれば貫野刑事に言ったんだけどな……証拠なしか。後は貫野刑事頼りだな」
「けど、貫野刑事がきているとは思わなかったよ。しかも同じことを言っていたなんて」
「まあ、他殺で捜査しはじめたら、言うしかないだろ。証拠がないか調べるのが刑事の仕事なんだから……男友達のことまでは聞いてなかったみたいだけどさ」
 一度、自殺と決めた事件を他殺として再捜査する。それを説明する時、貫野はどのような感情のもと、少女の母親に語ったのだろうか。身を切られるような思いだったに違いない。
 裕貴は「うーん」と唸ると、自分の役割は探偵助手とでも決めたような素振りで十一朗に話を振ってきた。
「私は、いじめが公開自殺事件の発端なら、犯人は女二人と思っていたんだけどな……」
「男がいるとはわかっていたよ……ただ、ここでつかめるとは思わなかったけど」
 十一朗の言葉に、裕貴が「えっ」と頓狂な声を上げた。
「男がいるってわかってて確かめたってこと? けど、何で犯人が男って気づいたの?」
「まず、部屋にあったタグのついたショルダーバックだ。バックを買いためるのは、心理学的にいうと、旅行願望があるってこと。あと携帯やパソコンを使っているのに、そんな物が買える小遣いを親が与えていない気がした。そう考えたら、男の姿しか見えなかった。男にバッグを買ってくれ、それを持って一緒に出掛けたいって強請る少女の姿が見えた」
「それだけで? 男の存在を確信したの?」
「いや、絶対に男が絡んでいると思ったのはもっと前だ。久保が殺された現場でね。非力な女性でも地蔵背負いなら、男の首も絞められる。けれど、問題は自殺に見せかける後の作業だ。家具に渡した物干し竿に縄をかけ、その縄で遺体を吊るすなんて重労働、中学生の女子だけじゃ無理だ。だから、第一の公開事件が自殺でないのなら、そこにも男の影があると思った。それだけのことだよ」
 説明に裕貴は感嘆した。十一朗は呆れて息をつく。
「あのさ、ミス研部員なら、それくらいは気づけよ」
「じゃあさ、次は男の正体を確かめる気?」
 間も置かずに裕貴が言う。十一朗は首を振った。男の影をつかむのは難しいと考えた。
「いや、母親も聞いていない男だぞ。男が彼女に口止めをしていた可能性が高い。口止めした理由はおそらく、『殺す』目的があったためだ。そうなると証拠は残ってないだろう。後ろめたい理由がなければ、彼女の葬式にも出てくるはずだしね。それよりも貫野刑事に頼んだ、いじめられていた子たちのアリバイだ。俺の勘が正しければ何かある」
 十一朗は公衆電話の前で足をとめた。別れ際に教わった貫野の携帯にかける。
 数コールで「はい」という不愛想な答えが聞こえた。
「巡査部長? 俺、俺」
「俺、俺じゃねえよ。詐欺だと思うじゃねえか。それになんだ。公衆電話って? 携帯くらい持ち歩け」
 部下の文目を相手しているように叫ぶ。どうやら貫野は突っこみ気質らしい。
「俺を巡査部長って呼ぶのはお前だけだよ。刑事部長の息子殿」
 そう言い終わると、貫野は真剣な口調で「何かつかめたのか?」と返してきた。
「少しだけどね。それと頼んだ件は進んだ?」
「アリバイのことか? 警察なめんなよ。多分、お前さんが考えている以上に進んでる」
 背後で大型バイクがとまった。激しいエンジン音が通話の邪魔をする。そのために十一朗は耳を塞ぎながら、受話器相手に大声をあげなくてはいけなかった。
「どこか近くで会えないか? 昨日、俺たちが入っていた喫茶店。わかる?」
「領収書は切らないぞ。割り勘なら会ってやる」
「いいよ、巡査部長が奥さんから貰う小遣いより、俺の小遣いのほうが多いだろうから」
「独身だよ。俺は……わかった。二十分後に会おう」
 舌打ちを残しながら、電話は切れた。公衆電話を後に、喫茶店に足を向ける。
 目的の場所には徒歩で五分といったところだろうか。今度は紅茶のほうがいいと十一朗は考えていた。