「ああ。久保のホームページは興味があって時々閲覧していたから……あいつが書く小説が好きでさ。昨日も新作をアップしているかなと思って開いたんだ。そうしたら、いつもないはずの動画が流れていて……」
「変なものは映ってなかったか? 犯人みたいな影とか」
「なかった。プラマイの姿が映ってから動画は見えなくなって、すぐにホームページも閉鎖された。ただ、俺が気になったのは同時に公開されていた久保の遺書でさ」
 動画が見えなくなったのは、十一朗が上着をカメラにかけたからだ。それにしても、気になった遺書とはどういう内容だったのだろうか。
 ワックスがメモ帳を破り、いつも器用に回す鉛筆を取り出して文字を綴った。

【御免なさい・・・疲れました。疲れたので死にます。さようなら】

 ワックスは書き終えてから十一朗の顔を見た。
「あいつの小説は読み続けてきた。だから遺書に違和感があったんだ。まず三点リーダー。久保はこの書き方を一度もしたことがない。それと文章、重複なんてらしくない。だからこれは、久保が書いたものじゃないんだ。誰か別の奴――そうだな。小中学生くらいの人物が慌てて打ちこんだもの……」
「小中学生くらいの人物?」
「ああ、間違いなく犯人は、そのくらいの年だ」
 ワックスは書いたメモを破り捨てた。思い出したくないからだろう。
 言い切ったワックスの後ろで、裕貴が静かに手を上げた。何か思いついたらしい。
「一番最初に公開自殺したのって、確か中学生だったよね」
 確かにそうだ。はじめに公開自殺をしたのは中学生の少女だった。
 理由はいじめを苦にした自殺とされている。ただ、これを警察は殺人事件とはしていない。
 中学生くらいの人物が書いたであろう久保の遺書、そして公開自殺をした中学生の少女。自殺屋事件と直結する証拠になるとは思えないが、調べる価値はあるかもしれない。
 十一朗は声にせず、裕貴のほうを見た。
 裕貴は携帯電話を取り出すと、電話帳登録を開いた。
「公開自殺をした中学生の学校って、第二中学校だよね。確か友達の妹が通っていたはず。詳しい話を聴けるかも知れない」
 裕貴がメールを打ちこんで転送するまで一分もかからなかった。これは、ミス研部員全員が認める裕貴の特技ともいえる。
 すぐにメールの返事があった。裕貴の友達もかなりの達人のようだ。
「夕方、妹と一緒に会ってくれるって」
 裕貴が返信された文章を十一朗に見せる。自殺屋の正体をつかみたいという思いは同じだ。男のような名前の通り、頼もしい幼馴染みに十一朗は感心した。
 放課後まで部室にいるのも苦痛だった十一朗は、腹痛を理由に学校を早退した。裕貴も倣うように学校を出てきた。
 探偵ものの小説の新刊が、今日発売するはずであったが書店には寄らなかった。
 上下関係を気にせずに孤軍奮闘する。トリックを見破り相手を追いつめる。ミス研以外の居場所は十一朗には考えられない。今がまさにそうだ。本を読むより重大な使命がある。
 人の死を「公開自殺」というかたちで弄んだ自殺屋――
 首を絞められながら久保は何を思ったのだろう。生き甲斐もあったはずだ。自殺など考えもしなかったはずだ。それなのに、自殺に偽装して殺したのは許せない。
 警察は関与するな――ネット内の書きこみが思い出された。
「警察じゃない……探偵気取りの高校生だ。だから事件に関与してやるよ」
 十一朗の口から決意が言葉になって出た。気持ちはやめに訪れてきた東風が、後押しするかのように背中に吹きつけ、春の到来を告げていた。