ナンバーディスプレイにしているので、取る前にかかってきた番号がわかる。十一朗は番号を確認した。知らない番号ではない。裕貴の携帯電話からだった。
 久保と約束した時間は十時――予定よりはやい。首を傾げながら十一朗は電話を取った。そして受話器に耳を当てた途端、
「おはようございます。 十一朗くんいますか」
 予想以上に大きな裕貴の声が響いた。思わず十一朗は、顔を顰めて受話器から耳を遠ざけてしまう。激しく揺れる鼓膜が収まるのを持ってから、再び耳を近づけた。
「俺だけど……待ち合わせ十時じゃなかったっけ? はやすぎないか?」
「そうじゃなくて! 京子に十時に行くよってメールしたら、すぐ返ってきたの!」
 何故か裕貴は、息を切らして興奮していた。十一朗の脳裏に、電話越しで息を整えている裕貴の姿が浮かぶ。
「メール? 俺の家に直接、電話するって言っていたのに?」
 久保は真面目で約束を破らない。それに几帳面な部分もある。疑問が残った。
「変でしょ? 昨日の様子もいつもの京子とは違っていたし。メールの返事もおかしいの……とにかくプラマイ、見てほしいから出てきて」
 確かに変だ。そういえば――十一朗は昨日のことを思い出していた。
「とにかく、ここじゃあ言えないの」そう言って、表情に影を浮かばせていた久保。
 あれは何を意味していたのであろうか。
「わかった。すぐに出るよ」
 電話を切ってから、上着を羽織った十一朗は、残っていたコーヒーを一気飲みして洗い場に置くと、財布だけをポケットに入れて家を出た。