公開自殺などという前例のない事件を起こし、世間を震撼させた。そうなれば話は別だ。
 犯人の刑が確定する前に政府から法律案が提出され、刑事特別法として施行される。
 新しい事件が発生するたびに国はそうしてきた。刑法は犯罪者を罰するためだけのものではなく、犯罪を起こさせないようにするものでもあり、罪を重くすることで犯罪予備軍の意思を抑制させるのも目的としているのだ。
 ワックスは「ふーん……」と納得したように頷くと、ペンケースをカバンに入れた。
「つまり、改正で罪が重くなるかもしれないってことか?」
「金が絡んでいたら、ますますね……殺人罪の可能性も出てくるから」
「で? 刑事の息子が考える、自殺屋の犯人像は?」
 ワックスに言われて、十一朗は視線を窓の方に向けた。空を見れば集中できるからだ。
 自殺屋の正体は誰なのか? 性別は? 年齢は? 動機は?
 ネット上も、その話題で持ちきりになっている。
 連日、捜査に追われて深夜まで帰ってこない刑事の父を見ながら、十一朗は犯人に憤りを感じていた。
 ――何故、自殺しようとしている人を目の前にして、助けようとしないのか?
 しばらく考えて、十一朗はプロファイリングを完了していた。
「自分が特別と思っている凡人。自己陶酔型の偽善者」
 十一朗が一言で片付けたので、裕貴、もりりん、ワックスは目を丸くした。それだけでは訊き足りないのか、ワックスが身を乗り出す。
「それだけ? 性別とか年齢は?」
「もし自殺屋がいたとしても、警察が絶対に捕まえるよ。あんな姿も見せない小物は」
 それが十一朗の正直な気持ちだった。刑事は事件があれば、必ず現場に駆けつけなければならない。刑事部長である父なら非番中であってもだ。
 この事件のせいで、父は久しぶりだった家族の外食も途中で抜けた。度重なる公開自殺の捜査で、疲労が極限に達しているのも見てとれた。
 母が休息を勧めても、そうはいかないと言って、疲れの抜けない体を引きずるように出掛けていった父の姿――それを十一朗は鮮明に覚えている。
 刑事という仕事は父の誇りなのだ。生涯現役で勤められたらどれだけ幸せか……現場で死ねるのなら本望だと言ったのを聞いたこともある。
 そんな誇りを持つ、父たち、本庁の刑事が自殺屋などに負ける気はしなかった。