昨日、もう待たなくていいって、和成に言ってよかった。
あの人を待っていたら、昨日と同じ電車には乗れなかった。
もしかして、先に行っちゃったんだろうか。
だとしたら、どうしよう。どのタイミングで諦めればいいのか、わからない。
俺はあの人が待ち遠しすぎて、目が合うことを恐れずに、顔を上げて待ってしまっている。
目を前髪で隠していないことに、ついさっきまでそわそわしていたけど、
何だか今はどうでもいい。…あの人に会いたい。
会ってひどいことを思われても、平気な気がする。会えるだけでいい。
たった二回しか会ってないのに、何なんだろう。
俺って、こんなに惚れっぽかったんだな。
ぼーっとそんなことを考えていたら、見られているような気がして視線を向けた。
あの人が俺を見ていた。良かった。会えた…。
喜びに浸っていると、
『ふわふわくん?』
今までとは、違う雰囲気の声が聞こえた。
戸惑っているような、違和感を感じているような。
…待ち構えてたの、ばれたかな。
それとも、変な顔だって思われた?
やばい。前髪を変えたことが意外と好評だったから、
ダメだった時の事、考えてなかった。傷つく心構え、してない…。
どうしよ。帰りたい。…でも、和成が心配するだろうな…。
学校には行かないと…。とてつもない重力を感じながら立ち上がり、列にならぶ。
ホームに入ってくる電車は、暗黒の電車に見える。
どうしようか迷ったけど、見納めかもしれないから、あの人の後ろに立った。
すぐに目が合ってしまって、声が聞こえた。
『やっぱりふわふわくんだー』
さっきとは違う明るい声。胸がぎゅっとなる。またこの声が聞けて嬉しい。
俺、後ろに立ってよかった…。
噛みしめながらまた見ると、窓越しに俺は見られていた。
『予想通り男前だ。遅刻しそうだけど、いいもの見れた』
顔が赤くなっている気がして、下を向く。
いいものって…俺なんかでいいんだろうか?
やばい。死んでもいい。…死にたかった俺が、死んでもいいっておかしな話だけど。
でも生きてたら、もっといいことがあるんだろうか。
顔を上げて見てみると、あの人は寝ていた。
少し残念だけど、今日も穏やかな寝顔を見られて、幸せだ。ずっと見ていたい。
…そっか。生きてたら、いいことがあるな。今みたいに。
また俺は傷つくだろうけど、幸せだと思う時も来るだろう。
だから、生きられている間は生きればいいんだ。
って、好きな人の寝顔を見ながら、俺は何を思っているんだろう。笑いそうになって下を向く。
…和成に話してみようかな。
生きていたいって思うほど、幸せな気持ちになるってこと。
うまく話せるかなあ…。俺の心の声も、和成に聞こえればいいのに。
ふと見ると、あの人の目は半分開いていた。
ぼーっとしてるなあと見守っていると、急に目が開いてきた。
目を輝かせて外を見ているので、俺も見ると、虹が出ていた。…綺麗だな。
さぞ嬉しそうに見ているんだろうと、あの人の顔を見ると、目が合った。
『ふわふわくんも虹を見たかな』
もちろん見てますよ、と答えるかわりに、また虹を見る。
幸せだ。…でも、もう降りないといけないのか。もっと一緒にいたいな。
やっぱり俺は贅沢者で、わがままだ。
駅を降りると、本当に遅刻ギリギリらしく、あの人は小走りで改札へ向かう。
俺はその背中に、いってらっしゃい、と心の中で声をかけた。