「できるだけ顔をあげて、堂々としてなさい。」
祐子さんのアドバイスどおり、なんでもない顔で教室に向かう。
でも目は合わないように、空中を見つめていた。
いつも下を向いているから、すごく見られている気がする。
自意識過剰なんだろうな…。
教室に入ると、座っている女子と目が合ってしまった。
『あれ?いつもと何か違う』
…そうなんです。違うんです。
でも、その程度なんだ。違和感ありまくりかと思った。
自分の席に座ろうとすると、後ろの席の男子と目が合った。
『田島…実はイケメンじゃん』
…まじか。俺イケメンなの?顔が熱くなる。
いや、でも男の意見だし。こいつの好みってのもあるし。
でも、あの人にもそう思われたら嬉しいな…。
窓の外を見てあの人を思い出していると、HRが始まった。
「…田島ー。」
「はい。」
ふいに呼ばれ、出欠を取っているとは気付かずに、俺は先生を見た。
『お、目が見えてる』
先生と目が合って、心の声が聞こえる。また気づかれた。
…でも、変じゃないんだ。
変、とも、気持ち悪い、とも聞こえない。大丈夫なんだ。
祐子さんの言うとおりにしてみて、よかったな。
前髪に邪魔されない、クリアな視界にはまだ慣れないけど、ちょっと自信がついた。

昼休みになると、和成がやってきた。
今日はもう来ないかと思っていたから、嬉しいと思っていると
和成は驚いた顔で言った。
「敦哉君、その髪型…。」
『好きな人のために、そこまでやるんだ』
和成はすぐに目をそらした。
聞こえてきた声からは、不思議な感情を感じた。
呆れてはいない。怒ってもいない。…なんだろう。
そう思いながら
「うん。思い切ってみた。…やってみると、意外と何でもなかった。」
俺は笑顔で言ったが、
「そう、よかった。じゃ…俺、行くね。」
目を見ないまま、和成は行ってしまった。
なんだか心にぽっかりと、穴が開いてしまった気分だ。
俺に心の声を聞く能力がなければ、和成と笑って話せたんだろうか。
あの人と仲良くなりたいけど、和成は大事な友達だ。
友達?いやそれ以上。親友と呼ぶには、おこがましい気がする。
恩人…。そう、そんな感じ。
その和成と、笑って話が出来なくなるのは辛いな。
そんなことを考えながら、俺は保健室のドアを開けた。
「また暗いわねー。せっかくのいい男が台無しー。」
祐子さんが俺を見た途端、言う。
「でも、がんばったじゃない。その髪型で耐えたのね。」
『元の前髪に戻してるかと思った』
耐えるって、罰ゲームじゃないんだから…。思わず笑ってしまう。
「後ろのやつに、イケメンって言われちゃった。」
「あら。今更気づくなんて、男子でしょ?疎いわねー。」
祐子さんは、袋からサラダを取り出しながら言った。
「でも、和成は微妙な顔してた。
 ”そこまでやるんだ”って聞こえたけど、意味がわからなくて。」
言いながら、俺も鞄から弁当を取り出す。
「和成君は、言いたくて言ってたの?」
「ううん。聞かれちゃったって顔してた。」
「じゃ、気にしないであげなさい。」
「うん…。」
納得がいかない顔の俺に、祐子さんは言った。
「それができれば、前髪で目を隠したりしないわね…。」
『気になるから聞きたくないんでしょ』
「うん。」
「和成君は、心配で仕方ないんでしょうね。心配性だから。」
それだけなんだろうか。心配だけじゃない感情を、感じたんだけど…。
うまく言い表せない。
戸惑っている俺を気にせずに、祐子さんは笑顔で言った。
「明日、楽しみね。彼女、どんな顔するかしら。」
…楽しみにしていいのかな。ちょっと怖い気がする。
でも、誰にも”変だ”って言われなかったし、大丈夫だよな…。
あ、そうだ…。祐子さんに、あれを聞いてみよう。
「あのさ…もふもふしたいって、どういう意味だと思う?」
「…それ、彼女が言ってたの?」
「そう。」
裕子さんが立ち上がったのはわかったけど、俺は弁当を食べていて、顔を見ていなかった。
気づいたら祐子さんは俺の頭を抱えて、髪に顔をくっつけていた。
「もふもふ、はこうでしょ。」
祐子さんは俺の髪を撫でながら、頬をすり寄せている。
…まじか…。これはやっぱり犬扱いだけど、うれしいかも…。
「わかりました。もういいです。」
祐子さんを頭から引き剥がして、俺は弁当を食べることで雑念を追い払おうとした。