暗い気持ちで保健室のドアを開けると、
「おはよう、敦哉。…どうだった?恋は。」
満面の笑みで、祐子さんが言った。
「うん…。今日も会えて嬉しかった。」
俺も笑って答える。
「んふふー。よかったじゃないー。」
嬉しそうに祐子さんは言う。
…こういうふうに、和成にも喜んでほしかった。
俺の幸せを、一緒に笑ってほしかったんだ。…今更気づいても、遅いな。
そんな俺の気持ちには気づかず、
「今度、写真撮ってきなさいよー。」
祐子さんが無茶なことを言う。
「無理だよ…話したこともないのに。…それより俺、前髪の感じを変えたいんだけど。」
「あら。色気づいちゃって…。」
『かわいいわねー』
祐子さんは、引き出しから鏡を取り出して机に置き、俺の顔を映した。
「思いっきり、おでこ出しちゃえばー?」
そう言いながら、祐子さんは俺の前髪をかきあげる。
…視界が開けすぎて恐ろしい。
「いや、これはムリ…。」
なんだか怖くて、自分とも目を合わせられない。
「そう?大人っぽくていいと思うけど…。じゃあ流行のナナメ前髪。」
祐子さんは俺の前髪を適度に束ねて、おしゃれな感じにまとめてくれる。
あー、これならまあ許容範囲かな…。でも…。
「なんか鬼太郎っぽくない?…こっちの目隠しちゃうと完全に…。」
俺が前髪をいじりながら言うと
「敦哉の髪、長すぎるのよ。切っちゃえば?」
祐子さんは何かを探しに行った。きっとハサミを探しているに違いない。
「大丈夫。これでいいよ。」
俺は振り向いて言った。前髪を切るのだけは、避けたい。
なんとなく、和成との大事な約束のような気がするから。
「そう?じゃ、今日はこれで一日過ごしなさいよ。」
俺の後ろに立ち、祐子さんは言った。
「え?ムリだよ…。」
前髪を元に戻す俺に、祐子さんは
「明日いきなりその髪型にしたら、目が泳いで怪しいわよ。」
『敦哉、本番に弱そうだし…』
追い討ちをかけてきた。
た、確かに…。せっかく目を見せても、おどおどしてたら気持ち悪いよな。
「わかった…。」
渋々頷く俺を見て、すかさず祐子さんはナナメ前髪に戻す。
「いいわー。自慢の甥だわー。」
本当に?と思って、鏡越しに祐子さんの目を見ても、何も聞こえてこない。
祐子さん、本当にそう思ってるんだ。何となく、申し訳ない気持ちになる。
でも、その気持ちに応えたいと思い、俺は立ち上がった。