昼休みに咲葉さんからのメールをチェックして、俺は密かに歓喜した。
『図書館司書の資格は持ってる。運命を感じるー。ぜひ働きたいです』
祐子さんに伝えると、とんとん拍子に話は進み、
次の日には咲葉さんが学校に面接に来た。
そして、咲葉さんはめでたく学校の図書館の司書になった。

「しかし、友達に付き合ってしかたなく取った資格が、
 役に立つなんてねー。不思議なものだ。」
カウンターに並ぶ本を整理しながら、咲葉さんは言う。
「不思議続きだよ。咲葉さんに会ってから。」
朝の図書館は誰もいないので、俺は仕事をする咲葉さんの横で話をする。
「それはこっちのセリフだよ…。」
『敦哉の存在自体が不思議だもん。』
「おはようございます…。」
声に振り向くと和成がいた。
『邪魔かなあ…』
「あ、俺が邪魔してるだけだから大丈夫だよ。」
「そうだよー。…どうだった?その参考書。」
咲葉さんは俺の言葉を適当にあしらって、和成と話し始めた。
「ちょっとわかりにくかったです。」
「司書の権限で買うから、いい本あったら教えてよ。
 現役受験生の意見は貴重だから。」
「はい。じゃ、本屋に行って見てみます。」
なんとなく蚊帳の外でさみしいけど、大事な人たちが仲良くしてるのはうれしい。
廊下で予鈴が鳴っている。
「敦哉君、行こうか。」
『寂しいと思うけど』
「うん。でも大丈夫。昼休みにまた来るから。」
「昼休み以外の休み時間も来るくせに…。」
にやにやして咲葉さんは俺の顔を見る。
『ダーリン、勉強がんばってね』
そんなことを言われたら、やっぱり休み時間ごとに来たくなる。
廊下に出ると、窓から綺麗な虹が見えた。
「和成、先に行ってて。」
俺は急いで図書館に戻り、咲葉さんに言った。
「咲葉さん、虹が出てる。」
「もう、図書館では静かにー…。」
言いながら、咲葉さんは小走りで廊下に出る。
「わー。綺麗だー。」
「うん。」
そう言って眺める咲葉さんのほうが、綺麗だ。
しばし、咲葉さんと虹に見とれる。
「あ、ほら敦哉、早く行かないとー。」
はっと気づいて咲葉さんが言う。
「はい。じゃまたあとで。」
「うん。廊下を走らないでねー。」
「はーい。」
大きな声で返事をすると、
『廊下は静かにー』
咲葉さんは目を見開いて言った。
こんなに遠くても聞こえるんだ。知らなかった。
大声で答えるかわりに、俺は手を大きく振った。
咲葉さんといると、また知らない自分に会えるんだろうな。
夜の自分の激しさにも驚いた。そして体力の無さも思い知った。
これからどんな自分に会えるんだろう。楽しみで仕方がない。
窓の外を見ると、まだ虹が出ていた。
きっと咲葉さんは仕事そっちのけで、見ているんだろうな。
幸せすぎて怖いなんて、贅沢者のセリフだと思っていたけど
そう思うなんて、まだ幸せじゃないよって教えてあげたい。
幸せには限りが無い。
俺は、暗闇の限りが無いことを知っているから、断言できる。
どっちをさまようかは自由だ。もちろん俺は幸せの中をさまよいたい。

教室に入ると、すでに先生が来ていた。
「田島ー、最近遅いぞー。」
『ったく司書といちゃつきやがって…』
「すみません…。」
目をそらしながら席に着くと、まだ睨まれていた。
『金持ちだからって調子に乗って…』
俺は反省しているふりをして、うつむく。
こうして、簡単に暗闇に戻ることはできる…。
「はい、出席とりまーす…。」
先生が俺を見ていないことを確認して、小さく肩をなでおろし、俺は窓の外を見る。
やっぱり虹があった。
幸せにも簡単に戻れるんだよな。
虹を見上げながら、俺はまた咲葉さんを想った。