次の日の朝、期待しない期待しない…と念仏のように唱えながら、俺は駅のホームに向かった。
唱えることに集中していたせいか、誰とも目が合わず、昨日と同じ場所に着いた。
ほっとする間もなく、心臓がせわしなく動きはじめる。
期待しているな、これは…。自分に嫌気がさす。
すでに人が並んでいる乗車待ちの列を横目で見ると、あの人はいない。
…行ってしまったんだろうか…。これから来るんだといいな…。
俺はあの人の姿を確認するために、ベンチに座った。
スマホを見ているふりをしながら、新しく列に並ぶ人の後姿をチェックする。
…あの人は来ない。もうすぐ電車が来てしまう。
朝早いから、電車を見送っても遅刻はしないんだけど、和成が待っているからなあ…。
待つかどうか悩んでいると、見覚えのある茶色い鞄が、目の端にうつった。
思わず顔を上げてしっかりと見ると、あの人だ。しかも、目が合ってしまった。
『ふわふわくんだー』
あの人の心の声が聞こえた。
…ふわふわくん?もしかして、あだ名つけられた?
…やばい、心臓わしづかみにされた…。
ごめん、和成…。多分、俺、この人のことが好きだ。
だって、心の声を一言聞いただけなのに、こんなに嬉しい。
しかも、今日も優しい声。…幸せだ。
もう今日は、これで気が済んだ。
この気持ちのまま家に帰りたいけど、和成が待っている。
せっかくあの人も来たんだし、と乗車待ちの列に並ぶ。
ホームに滑り込んでくる電車が、光に包まれた希望の電車に見える。
そして俺は今日も、あの人の後ろに立つことができた。
あー、どうしよう…。幸せを減らしたくないけど、また声が聞きたい。
でも、気持ち悪いとか、聞こえちゃったらどうしよう。
でもでも…。うーん…。よし、もう、見よう。
見ちゃおう、と思って、顔を見ると、すでに寝ていた。
ああ…手遅れだったか…。
そうだよな…また会えたからといって、目が合うとは限らない。
会えて、目が合って、優しい声を聞く。
三つの奇跡を、いっぺんに望んでいるわけだ。
俺は贅沢ものだな。
トンネルに入り、目の前が暗くなる。
起きたら、また顔を見よう。とりあえず今は、寝顔を見よう…と見ると、あの人の目は開いていた。
『ふわふわくん、前髪で目が見えない…どんな顔してるんだろ』
無邪気な声が聞こえてきた。
すみません、目を合わせたくなくて、前髪で隠してるんです…。
こんな俺に興味を持ってもらっちゃって、なんだか申し訳ない。
どうしよう、前髪切ろうかな…。あーでも、それでがっかりされたらどうしよう。
やっぱりキモイ、って思われたりして…。
そんなことをウジウジ考えていたら、もう次が降りる駅だった。
…はやい…。30分って、こんなに短かったっけ?愕然としながらも、あの人の顔を見てみる。
やっぱりとろんとした目で、窓の外を見ていた。
…明日も会えるといいな。明日が楽しみなんて、久しぶりだ。
ふと見ると、とろんとした目がしっかり開いていて、声が聞こえた。
『もふもふしたーい』
もふもふが何かはわからないが、やっぱり照れてしまう。
いつか、もふもふしてもらえる日が来るんだろうか。