どうしようかな、と思ったけど、
和成の「祐子さんの気持ちもわかる」という言葉を思い出して、
俺は保健室のドアを開けた。
「敦哉…。おはよう。」
『もう来ないかと思ったわ…』
珍しく祐子さんが寂しそうに笑うので、
「昨日はすみませんでした。心配かけて。」
俺は素直に謝ることができた。
「いいのよ。私も言い過ぎたわ。咲葉ちゃんのことを悪く言ってごめんね。」
祐子さんは目を伏せて言った。
…心の声を聞かれないようにしているな。きっとまだ心配なんだろう。
でも、更に心配をかけることを言わないといけない。
祐子さんにはずっと相談に乗ってもらったから、黙っているわけにはいかないんだ。
「…心配かけ続けて申し訳ないんだけど…咲葉さんと付き合うことになったんだ。」
でもやっぱり責められるのが怖くて、俺は目を見ることができない。
「え?そうなの…。」
「うん。でも、咲葉さんは大阪に転勤するんだ。一緒にいられる時間は長くないと思う。」
言ってて、また寂しくなる。
「そうなの…。」
祐子さんは俺の前に座って言った。
「咲葉ちゃんて、本当にお金目当てじゃなさそうね。」
意外な言葉に顔を上げると、
寂しそうでも心配そうでもない、いつもの祐子さんが目の前にいた。
「…どうして?」
「敦哉と結婚すれば、働く必要ないじゃない。大阪に行かなくてもいいのに。
 あ、でも、仕事好きなのかしら?」
意外な言葉に硬直しながら、俺は答えた。
「…ううん。仕事には飽きてるって、言ってた…。」
『じゃあなんで働くのかしらねえ…』
祐子さんの心の声が聞こえたけど、俺はそれどころじゃなくなっていた。
…結婚…。そんな方法もあるんだ…。
なんだか目の前が真っ白だ。なのに、心臓が激しく動いて、体が熱くなる。
「咲葉さん…結婚してくれるかな…。」
気づくと俺は、呟いていた。
「どうかしらねー…。」
呆れたように祐子さんが言ったので、顔を見ると声が聞こえた。
『結婚なんて、考えたことなかったのね…』
「だって、できるわけないと思ってたから…。」
でも、一生できないと思っていたキスを昨日した。
多分、そのうちセックスもする。
…じゃ、結婚だってできるのかな…。
遠くで予鈴が鳴ったので、俺は自動的に立ち上がる。
「敦哉、カバン忘れてるわよー。」
祐子さんの声に振り返って、カバンを受け取った。
『一日中考えてそうね…』
「ぼーっとしてて怪我したら、すぐ来なさいねー。」
祐子さんの声を頭の隅で聞きながら、俺は教室に向かった。