咲葉さんから断りのメールは来たけど、俺はなんとしても会いたかった。
大阪に行かないって言って、とは言わない。
せめて、本当は行きたくない、どうしようかな、そんな言葉が聞きたかった。
変だけど、迷っていてほしかった。少しは俺といたいって思ってほしい。
それに…咲葉さんの顔が見たかった。

「やっぱり待ってるし…。不審者っぽいなあ。」
駅前のベンチに座っていた俺が顔をあげると、咲葉さんが笑って立っていた。
『まったく、しょうがないなー…』
優しい声を聞いて、すでに泣きそうな俺。
「フードかぶって泣いてたの?ふわふわ頭が見えないから、気づかないところだったよ。」
笑いながら俺のパーカーのフードを頭から取って、髪の毛を撫で回す。
「…うちにおいで。」
咲葉さんは俺の手を握って歩き始めた。
…咲葉さんも充電が必要なんだろうか。
それとも、俺に充電してくれているんだろうか。
咲葉さんの家は駅から遠くもなく、近くもない。
でも、咲葉さんの手のぬくもりを感じていたら、それはあっという間だった。
「いつ来てもいいようにと思って、掃除しておいてよかったよー。」
そう言って、咲葉さんは家の電気をつける。
俺の部屋より狭い、なんてことはなかった。…でも広くもないな。
咲葉さんは、ここで暮らしてるんだ。
きっと大阪の話がなかったら、ドキドキして落ち着かないんだろうけど、
今の俺は何も感じない。
「ソファに座ってて。着替えてくる。」
「はい。」
着替える、というキーワードにもドキドキしない。これは重症だ。
ソファに座って見回してみると、確かに狭いかもしれないと思った。
この隣に咲葉さんが座るんだよな。狭くはないけど…近いな。
「チャーハン作るから、ちょっと待っててねー。」
バタバタと咲葉さんが出てきて、言った。
「何か手伝います。」
落ち着かなくなってきた俺は言って、キッチンへ向かう。
「別にたいしたものじゃないから、手伝うこともないんだけど…。
 テレビとか見ないんだっけ?」
『暇つぶし苦手そうだもんねー』
咲葉さんは冷蔵庫から卵やら何やらを出して、忙しそうに言った。
…確かに、何も手伝える気がしない。
「やることがあったら言ってください…。」
「うん。ごめんね、待たせちゃって。」
言いながら咲葉さんは、野菜を切り始める。
「そんなことないです…おしかけちゃってすみません。」
「仕方ないよ。会わないと眠れなかったでしょ。」
『待ってるだろうなって思ってたし』
咲葉さんは笑って言った。
「はい…。」
「それに、私も敦哉君の顔を見たら安心したから、来てくれて良かった。」
そう言ってコンロの火をつけたので、俺は抱きつきたい衝動を抑えた。
「あっちで待ってます…。」
「うん。」
顔を見て安心した、という言葉を胸に大事に抱えて、俺はソファに座った。