俺は急いで隣に行き、咲葉さんの見ると暗い顔をしていた。
「大丈夫ですか…?」
「うん…なんか疲れた…。」
そう言って咲葉さんは、力なく歩く。
心配して見ているとつまずいたので、あわてて支えた。
「ごめん…。」
咲葉さんは俺の腕を掴んで、見上げて言った。
『かっこわるーい…』
「かっこ悪くないです。かっこよかったです。咲葉さん。」
「そんなことないでしょー…。偉そうに何言ってんだか。」
そう言って、俺の腕をつかんだまま、うなだれた。
「いえ、咲葉さんはすごいです。あの人、死んでられない、って言ってました。」
少し顔をあげて、咲葉さんは頷いた。
「そっかあ…。じゃあ、いいか…。」
『でも疲れた…』
「お疲れ様です…。どこかで休みますか?さっき公園があったような…。」
きょろきょろと周りを見ていると、咲葉さんが一点を見つめている。
視線の先を見ると、派手なホテルがあった。
咲葉さんはホテルから視線を外して、辺りを見回しながら言った。
「…ここってホテル街なんだ。だから吉川さんは”朝帰り”とか言ってたんだなー。」
「入り、ますか…?」
俺は勇気を出して言ってみた。
いたずらっぽく笑って、咲葉さんは目で聞く。
『入りたいの?』
「まあ、そりゃあ…。」
でも自信はもちろんない。こんなにすぐチャンスが来るとは…。
咲葉さんから目をそらして、ホテルに入ったら何をすべきか考えていると、
「じゃ、また今度ね。今は学校に行こう。」
咲葉さんは掴んでいた腕を離して、俺の手を握って歩き始めた。
なんで?…なんで手を繋ぐんだ?
ホテルに入ろうとしていたくせに、手を繋がれただけで完全に動揺してしまう。
…考えていても仕方がない。俺の気持ちは言わないと伝わらない。
「あの…嬉しいんですけど、なんで手をつなぐんですか?」
笑って咲葉さんは俺を見た。
「素直だなあ…。疲れたから充電させて。」
「これで、充電できるんですか…。」
咲葉さんってすごいなあ…。
感心していると、咲葉さんはまた笑って言った。
「人の体温って、なんだか安心するんだよ。」
…それなら、俺の体温を全部あげたいけど。
ふと、咲葉さんを抱きしめる姿を思い浮かべて、頭を振る。
そんな俺に気づかず、咲葉さんは静かに言った。
「…私が中学の時、伯父さんが自殺してさ。
 忙しい人だったからほとんど会った事はなくて、悲しくもなかったんだけど、
 伯母さんと従兄妹はすごく大変そうだったの。」
咲葉さんはゆっくり続けた。
「それから簡単に死にたいとか言われると、腹が立ってねー…。」
咲葉さんの顔は前を向いているけど、苛立った顔なのがわかる。
俺が死にたい頃があったことは、内緒にしておこうと思った。
「はあ。やっぱり疲れたな…。帰ってビール飲もうかなー…。」
「俺、つきあいます。あ、家からワイン持ってきましょうか。」
咲葉さんの家に行けるチャンスに、喜びながら言うと、
「だめだよ。OLに与えられた、有休という素晴らしい制度を使うんだから。
 学生に有休はありません。」
俺に冷たい視線を投げて、咲葉さんは言った。
俺がうなだれガッカリしていると、咲葉さんの携帯が鳴る。
すぐに出て咲葉さんの顔が曇った。
「はい。…え?あー…まじで?…うん…わかったー…。ありがとう…。」
また疲れた顔に戻って、咲葉さんは電話を切った。
「どうしたんですか?」
心配しながら聞くと
「うん。無断遅刻で、私がクビになるかもしれない…。
 休めないから、会社行くわー…。」
深いため息をつきながら、咲葉さんは言った。
俺は、心配な顔でうなずくことしかできない。
大通りに出ると、咲葉さんは俺の手を離して
「じゃ、また明日ねー…。」
力なく手を振り、会社に向かった。
「気をつけて行ってください。」
俺は無力だなあと思いながら、見送るしかなかった。