朝のホームで俺は幸せに浸っていた。
両思いかもしれない人がいて、なんでも話せる大事な友達がいて、
俺はなんて幸せなんだろう。
咲葉さんがうちに来た日から、俺はずっと満たされたような気持ちに包まれている。
生きててよかったなあ。…本当に心から思う。
すると、咲葉さんがやってきた。
「おはよー。敦哉君。」
『…ぼーっとしてる?』
笑顔の咲葉さんに俺は答える。
「おはようございます。ぼーっとしてるんじゃなくて、幸せに浸ってたんです。」
「へー…。そうなんだ。よかったねえ。」
咲葉さんは他人事みたいに言って、乗車待ちの列に並ぶ。
「咲葉さんのおかげで、幸せなんです。」
追いかけながら言うと、
「あ、そうなんだー…。」
俺の顔を見ずに咲葉さんは言った。
横顔を見ていても、咲葉さんは俺を見てくれない。
鬱陶しかったかな…。
確かに朝っぱらから、あなたがいるから幸せだ、なんて言われたら暑苦しいかもしれない。
反省しながら電車に乗る。
咲葉さんと向かい合って立つと、心の声が聞こえた。
『まわり見てみなよ。きっといい声聞こえるよ。イケメンなんだから。』
えー…。せっかく幸せに浸ってたのに、嫌な声が聞こえたら台無しだよ…。
いやです、と言うかわりに、ため息をついて俺は窓の外を見た。
今日もいい天気だ。…また咲葉さんと、のんびりピクニックしたいなあ。
あ、と思い出して俺は言った。
「咲葉さんち行くの、土曜日でいいですか?」
「う、うん…。」
そう言って咲葉さんは下を向いた。
電車の中で言ったらまずかったかな。でも俺の声は言わないと聞こえないし。
この朝の電車の中でしか話す時間がないし…。しかたないよなあ…。
それとも、まわりを見てみなって言われたのを無視したこと、怒ってるのかな。
でも嫌だし…。
うーん、と考えて、ふと横を見ると、座っているサラリーマンと目が合った。
『死にたい…』
うわ…聞こえちゃった…。
いい声なんて聞こえないですって咲葉さんに言いたい…。
でもこれは言えないな、と思って見ると、咲葉さんは寝ていた。
もう…。のんきに寝ちゃって…。仕方ないので、寝顔を見て癒されよう。
ガクッとなったら困るので、すぐ支えられるように、咲葉さんの体の横のドアに手をつく。
触ってないのに、なんだかドキドキする。
距離もちょっと近づいちゃったけど、しかたがないよな、と頭の中で言い訳をしていると、
咲葉さんがガクッと俺の腕に倒れてきた。
「びっくりしたー…。」
言いながら俺の顔を見た咲葉さんは、驚いている。
『顔、近っ…』
そう聞こえて、下を向いた。
もしかして、咲葉さん…照れている?
下を向いている顔を覗きこんでみる。…やっぱり顔が赤い。
覗き込まれた咲葉さんは、また驚いて顔を横にそらす。
そっか…照れてるんだー…。
もしかして、家に行っていいかって聞いた時も、照れてたのかな。
そしたらホームで会った時に、咲葉さんがいるから幸せだって言った時も…。
そう思って咲葉さんを見ると、死にたいって聞こえたサラリーマンを横目で見ている。
どうしたんだろう。心の声は聞こえないだろうに。気になるので、小声で聞いてみた。
「…知ってる人ですか?」
耳元で急に言ったせいか、咲葉さんはびくっとした。
不服そうに耳を押さえて俺を見る。
『同じ会社の人…』
そうなんだ。会社で働くって大変なんだな。
耳をさすりながら、下を向く咲葉さんを見て思う。
咲葉さんも仕事が辛くて、死にたいなんて思うことがあるんだろうか。
無さそうな気はするけど、あったら困る。
「咲葉さん。仕事が辛かったら、無理しないでくださいね。」
「え?うん…。」
『突然だな…変なの』
確かに変だよな…。ちゃんと説明したほうがいいのかもしれない。
そう思っていると降りる駅に着いた。
ホームを咲葉さんと並んで歩きながら、俺は言った。
「咲葉さん、さっき”死にたい”って言ってる人がいて…。
 もしかしたら咲葉さんも仕事が辛くて、そんなことを思うかなって心配になりました。」
「そっか…。大丈夫だよ。死にたくなるくらいだったら、すぐ辞めるから。」
そうだよな。咲葉さんだもん、大丈夫だよな。
そう思ってふと前を見ると、さっきのサラリーマンがいた。
咲葉さんも気づいたようで、
「あの人、最近元気ないんだよねー。それにこんな遅刻ギリギリに来る人じゃないし。
 いつもものすごく早く来てるのに、変なんだよね…。」
小声で言う。
…死にたいって聞こえたこと、言ったほうがいいのかな。
でも、余計な心配をかけたくない。それに、言ったってどうすることもできないし。
言わないでおこう、と思って改札を出ると、サラリーマンは左に曲がって歩いて行った。
いつも咲葉さんが行くほうとは、別の方向だ。
「あれ?吉川さん、どこか寄っていくのかな…。ま、いっか。じゃ、また明日ねー。」
咲葉さんは笑って手を振り、右に曲がって歩いて行った。