すると、ドアをノックする音がした。
「敦哉様、お茶をお持ちいたしました。」
「ありがとう。」
そう言って、俺はドアを開けた。
「失礼いたします。」
修がワゴンを押して、部屋に入る。
そして、紅茶をカップに注ぎ、ケーキをテーブルに置いた。
咲葉さんはキラキラした目で、その様子を見ている。
ずいぶん慣れたし、酔いもさめたみたい。…家に呼んでよかったな。
そう思っていると、修が言った。
「敦哉様、祐子様がこちらに来たいとおっしゃられていますが…。」
え?絶対来ないでって言ったのに…。
迷惑そうな俺の顔を見て、修は笑って言う。
「…お断りしますね。…では、失礼します。」
出て行く修に咲葉さんは会釈して、言った。
「誰か来るの?帰ったほうがいい?」
『祐子様って…女の人…』
そこまで聞こえて咲葉さんは目を伏せた。
戸惑った顔に驚いて俺は言う。
「叔母なんです。咲葉さんに会いたがってて…。」
すぐに咲葉さんは笑顔になって言った。
「そうなんだ。…敦哉君、すごい顔してたから、彼女ではないと思ったけど…。」
そして少し恥ずかしそうに目を伏せた。
彼女なんているわけないのに。でも…ちょっと妬いてくれたんだろうか。
だとしたら嬉しい。
密かに喜んでいると、咲葉さんは言った。
「…敦哉君、普通の女子高生を好きになればよかったのに。」
目を伏せているから咲葉さんの真意はわからないが、なんだか嫌な予感がする。
しかたがないので、俺は正直に答えることにした。
「好きになったことはありますよ。
 でも心の声を聞いて、落ち込んで終わってしまいました。」
「どんな声?」
「キモイ、とか、飼い犬に似てる、とか。」
「それなら私もちょっと思ったよ?
 …初めて電車で見たときは、なんかモサッとしたのが来たなあって思った。」
『同じじゃん。』
「そうですか…。でも可愛いって言ってませんでした?」
さらっと言ってみたけど、段々顔が熱くなってきた。
「うん。よく見たら可愛かった。
 …その子も仲良くなれば、敦哉君の良さに気づいたんじゃない?」
そうなのかな…。でも、結果的にそうならなかったってことは、
仲良くならなくてもいい子だったんじゃないかな、と思うんだけど…。
うまく伝えられる気がしない。
「それに、今の敦哉君を見たら、キモイと思わないかもよ。」
『今はちゃんとイケメンだし』
確かに、キモイと思われたほうが楽だから、髪をボサボサにして前髪も伸ばしてた。
だから恋を終わらせてしまったのは、俺に問題があっただけなのかもしれない。
でも…。なんだか心がザワザワする。
「やっぱり高校生は、高校生同士つきあったほうがいいよ。
 敦哉君、ちゃんとすれば絶対にモテるから。」
『OL相手じゃないほうがいいよ』
予想通り、すごく嫌な話になってきた。
俺は、多分むっとしていたんだと思う。
「でも普通の人が、俺の能力を理解してくれるとは思えません。」
と勢いよく言ってから、しまった、と後悔する。
「まあ、私は普通の人じゃないよね…。」
『はっきり言われたー』
でも咲葉さんは少し笑っている。やっぱり普通の人ではないと思う。
「ごめんなさい…。でも俺は、咲葉さんみたいに器の広い人がいいです。」
「意外とちっちゃいよ?器。すぐめんどくさくなるし。
 元カレとは、めんどくさくなって別れちゃったし。
 休みの日は酒飲んでゴロゴロしてるし…。色々我慢できないし。」
目を見ないで咲葉さんは言う。多分俺は、拗ねた顔になっているだろう。
「わかりました…。俺に好かれるなんて、迷惑ですよね。」
俺が呟くと、睨むように見て咲葉さんは言った。
「そんなこと、言ってないじゃん。」
『いじけちゃってー』
はあ、とわかりやすくため息をついて、咲葉さんは続けた。
「あのさ、俺なんか、とかそういうこと言うのやめて。
 …敦哉君を好きな私が、否定されてるみたいで嫌だ。」
『イラっとする』
言葉と裏腹な心の声が聞こえて、照れていいのかどうかよくわからない。
でもここは、ちゃんと聞かないと。
「俺のこと…、好き、ですか?」
「好きだよ?」
『可愛いし』
「…それって、犬みたいで好きってことですか?」
ふっと笑って、咲葉さんは言った。
「それもあるね。ふわふわだし。ぬいぐるみみたいでいい。」
なんだか余裕の笑みだ。悔しいから、くらいついて聞く。
「男として、好きってことではないんですか?」
「…さて、どうかなー。」
咲葉さんは窓の外を見て言う。
ここまで話しといて、それは無いでしょ…。
咲葉さんと一緒にいるためなら、俺は何でもできる気がする。
俺は立ち上がって、咲葉さんの目の前に立ち、顔を覗き込んだ。
「はぐらかさないでください。」
『ずるーい。急に男の顔して…』
咲葉さんは俺から目をそらして、うつむく。
ずるいかな…。でも、確かに心の声を聞こうとしたし、正攻法ではないか。
きちんと伝えないといけないと思い、俺は咲葉さんの足元にひざまずいて、手を握った。
「咲葉さん、好きです。俺とつきあってください。」
『う…。それもずるいよ…』
そして、咲葉さんはうなだれた。…ずるかったかな?
ちゃんと言ったつもりだったんだけど…。
考えていると、咲葉さんは顔をあげた。
「ありがとう。少し考えさせて。」
笑ってそう言ったが、すぐに目をそらされた。
まあ、ここは仕方ないか…。しつこくすると嫌われるだろう。
「はい。待ってます。」
握った手を離すのが惜しいと思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。