車が家の門の前に停まり、門が開いて、また車が動き出す。
「す…すごい…。」
咲葉さんがつぶやいた。
「ここが自慢の庭?」
勢いよく振り向いて、咲葉さんが俺に言った。
「そうですね。まだここは入り口ですけど。」
咲葉さんは神妙な顔で頷いて、また窓の外を見る。
家のドアの前で車が停まったので、俺は降りて、咲葉さん側のドアを開けた。
「お疲れ様でした。」
「全然疲れてないよー…。」
『素敵な乗り心地だった』
笑って言いながら、咲葉さんは車を降りる。
「もう庭に行きますか?それとも家でお茶でも飲みます?」
「えっと…手間じゃないほうで。」
「どっちも手間じゃないですけど…庭を散歩しましょうか。」
家の中でお茶を飲んでも、咲葉さんは落ち着かなさそうだと思い、俺は言った。
「うん。自慢の庭、楽しみだな。」
俺と咲葉さんは庭に入って、歩き始めた。

「わあ、きれーい。…本当に公園より綺麗だね。」
色とりどりのチューリップを眺めて、咲葉さんは言った。
「あ、そこにあるのは池?すごーい…。」
言いながら駆け寄って、咲葉さんは池の中を覗く。
喜んでもらえてるみたいで良かった。
「咲葉さん、あそこでお弁当を食べようと思ってるんです。」
俺は、木陰に置いてあるテーブルと椅子を指差した。
「うん…。何もかもが素敵だね。敦哉君はここで育ったんだ。」
『だから素直で優しいんだ』
咲葉さんの言葉と一緒に、何か温かいものが心の中に入ってきた。
俺はなんとなく照れて、目をそらす。
「それは、過大評価な気がします。」
そう言って、テーブルのほうへ向かった。
「お腹空いてないですか?ビールも冷えてます。」
振り向きながら聞くと、
「じゃ、飲んじゃいますか。」
『気が利くー』
いたずらっぽい笑みを浮かべて、咲葉さんは言う。
ちょうど、修がワゴンを押してやってきた。
「飲み物をお持ちしました。」
「ありがとう。」
俺は、椅子を引いて言った。
「咲葉さん、どうぞ。」
「…ありがとう。」
『紳士だー』
無邪気な声にまた照れる。紳士かあ。言われたことないなあ。
きっと褒め言葉なんだよな、と思って、自分も椅子に座る。
ふと見ると、咲葉さんは背筋を伸ばして、修が丁寧に注ぐビールを見つめている。
「修、もういいよ。あとは自分たちでやるから。」
俺は修に言った。
「承知いたしました。何かあったらお呼びください。」
「うん。ありがとう。」
丁寧にお辞儀をして下がる修を見送って、咲葉さんは言った。
「修さんとはずっと一緒にいるの?」
『生まれてからずっと?』
「そうです。俺が生まれる前から、この家で働いてたみたいです。」
「ふーん…。」
咲葉さんは目をそらした。
「ビール、飲んでください。」
「ありがとう。いただきます。」
そう言って咲葉さんは、ビールを持って飲んだ。