日曜日、俺は朝からそわそわしていた。
待ち合わせは11時。9時ごろからずっと時計をながめていて、やっと30分前になった。
そろそろ身支度をしておこう。
何度も鏡の前に立っているが、切ったばかりの前髪に違和感を感じる。
昨日咲葉さんに言われて、帰って来てすぐに修に切ってもらったけど、
切りすぎじゃないだろうか。みんなは、いいって言ってくれるけど…。
前髪を引っぱって伸ばしていると、ノックの音がした。
「…失礼します。」
修の声だ。
「どうぞ。」
俺が言うと、修が部屋に入ってくる。
「そろそろ行かれますか?」
「うん…。前髪、変じゃないかなあ…。」
「さっぱりされて、よろしいと思います。」
「そっか…。咲葉さん、時間より早くは来ないと思うけど、行ってもいい?
 ちょっと車で待っててもらうことになるけど。」
「構いません。咲葉さんをお待たせするわけには、いきませんので。」
「うん。じゃ、行こうか。」
そう言って、家を出て、修と車に乗る。
駅で咲葉さんを乗せて、帰ってくるつもりだ。
楽しみだな…。窓から見るいつもの景色が、キラキラ輝いて見える。
天気が良くて、本当によかった。

修は、駅のロータリーの一時駐車場に車を停めた。
「では、私はここで待っております。」
「うん。じゃ、行ってくるね。」
俺は車を降りて、広場に向かった。
今は11時10分前。ちょうどいいな。咲葉さんが遅刻しないといいけど…。
昨日の夜メールしたら、お酒はほどほどにして早く寝るって返事が来た。
咲葉さんも楽しみにしてくれているみたいで、うれしかったな。
広場のベンチに座って、空を見上げる。
やっぱり鼓動は早くなる。毎日会って話しているのに、ドキドキは変わらないんだ。
でも今日は、このドキドキが心地いい。
「敦哉君、やっぱりいたー。」
まだ来ないと思っていたから、急に咲葉さんが現れてびっくりする。
俺は立ち上がって言った。
「咲葉さん、早いですね。」
「うん。きっと早めに来ると思ったから、私も早めに来た。」
『前髪、切ったね』
気づいてくれてうれしいけど、なんだか気恥ずかしい。
「…変じゃないですか。」
「変じゃないよ。可愛い。」
…可愛い、なんだ。
嬉しかった言葉が、今は慣れてしまって少し不安に思う。
可愛い男なんて、咲葉さんは好きになるのかな。
「何か買っていくものある?」
咲葉さんの言葉で現実に戻る。そんなことを考えている場合じゃないな。
「大丈夫ですよ。ビールも食事もデザートも、用意してあります。」
「ありがとう…。」
『なんだか悪いなあ』
「大丈夫です。来てもらえるだけで、嬉しいです。
 …あそこの駐車場に、車を待たせているので行きましょう。」
そう言って俺たちは、駐車場に向かってゆっくり歩き始めた。

歩いていると、車から修が降りて待っているのが見えた。
「咲葉さん、うちの執事の修です。」
咲葉さんは俺が指差したほうを見た後、俺の顔を見る。
『本物の執事、初めて見た』
無邪気な心の声に、笑ってしまう。
車の近くまで来て、俺は修に言った。
「修、お待たせ。こちらが山本咲葉さん、です。」
「はじめまして。」
照れたように笑って、咲葉さんは言う。
「執事の坂井修と申します。よろしくお願いいたします。」
修は丁寧に頭を下げた。
それを見て咲葉さんは目を丸くして、丁寧に頭を下げる。
なんだか可愛い。
「どうぞ、咲葉さん。」
俺は車のドアを開けて、声をかける。
「あ、はい。ありがとう。」
そう言う咲葉さんの動きが硬くて、また可愛い。
咲葉さんが車に乗るのを見届けて、俺はドアを閉め、反対側へまわった。
修が開けたドアから車に乗ると、咲葉さんが車内を見回していた。
「こんな高級車に乗るの、はじめてだよ…。」
そう言って、きょろきょろしている。
今日の咲葉さんは、何もかもが可愛い。

修が運転席に乗り、車が動き始めた。
咲葉さんは背筋を伸ばしたままで、まだ落ち着かない。
「咲葉さん、すぐ着くけど、くつろいでください。」
「うん…。」
『すごく優しい乗り心地だね。』
俺の話を聞いていないみたいだ。緊張してるのかな。
でも心の声のトーンが嫌な感じではないので、様子を見ることにした。
俺は、車に乗るといつも窓の外を見るが、車内を見ているなんて不思議だ。
そして、ここに咲葉さんがいるなんて…本当に不思議だな。
そんなことを思っていると、家が見えてきた。
「咲葉さん、そこが、うちです。」
俺が指差したほうを見ているが、咲葉さんは何も言わない。
聞こえなかったかな?と顔を見ると、深刻な顔をしている。
気分でも悪くなったんだろうか。
すると、咲葉さんは俺の顔を見た。
『予想以上のすごい豪邸』
目を丸くして心の声で言う。
俺は笑って答えた。
「それ、口に出しても大丈夫ですよ。」
「そっか。」
そう言うと、また深刻な顔で家を見る。
咲葉さんて、本当におもしろくて可愛い。