保健室に入ると、祐子さんが俺の顔をじっと見る。
「おはよう、敦哉。…その髪型どうしたの。」
『おでこ全開だけど』
あ、と気付いて、急いで直す。咲葉さんに前髪をあげられたままだった。
だから妙に人と目が合ったんだ…。
「昨日、咲葉ちゃんと会って、何かが変わったのね…。」
相変わらず祐子さんは鋭い。
「うん…。咲葉さん、心の声を聞かれても全然平気そうだった。」
むしろ、遊ばれた…。電車の中でのことを思い出して、にやけそうになる。
「そう。よかったじゃない。」
そう言って祐子さんは、手に持っていた薬品を棚にしまった。
「うん…。」
祐子さんが背中を向けたので、笑いながら答える。…本当に良かった。
「…敦哉に本当に彼女ができたのねー…。」
『よかったわねえ』
感慨深そうに言って、祐子さんは俺の前に座る。
「いや、好きとは言われてないから、彼女ではないと思う。」
そういえば、俺は”好き”って言ったけど、また”ありがとう”って返されたな…。
「…なんで可愛いとか思うのか、聞かなかったの?」
祐子さんの目が冷たいので、目をそらす。
「うん…。」
「意味ないわねー…。」
「そんなことないよ。嫌がられなかっただけで嬉しいよ…。」
恐る恐る見ると、やっぱり祐子さんの目は冷たい。
「聞きたいことを聞くために、心の声が聞こえることを言ったんじゃなかったっけ?」
『意気地なし』
俺はむっとして言い返した。
「だって仕方ないじゃん。本当のことを言うだけで、精一杯だったんだから。
 絶対に気持ち悪がられると思ってたのに、そうじゃなかったから嬉しくて…。」
祐子さんの顔が冷たいままなので、俺は頬杖をついて外を見た。
「咲葉さんが俺を好きかどうかは、これからゆっくり聞けばいいよ。」
自分で言ってみて、本当にその通りだと思う。
今は、本当のことをわかってもらえただけで、十分だ。
咲葉さんが俺を好きかどうかはわからないけど、
変わらずに接してくれているんだから、これからもっと仲良くなれるはず。
咲葉さんの本当の気持ちは、その時に聞いたっていい。
…この先には幸せしかない気がする。
幸せに浸り始めた俺を気にせず、祐子さんは冷たく言い返した。
「そんなんじゃすぐに男ができて、敦哉になんか構ってくれなくなるわよ。」
…そうなのかなあ。
確かに、その候補はいるみたいだけど。
いや、俺のほうがいいようなこと言ってたし…。
でも高校生だから、とも言ってたな…。
幸せだった俺の心に、暗雲が立ちこめる。
その黒い雲をかき消すように、俺は言った。
「でも、これからも仲良くしたいって言ってくれたよ…。」
口を尖らせて俺が言うと、祐子さんの目が鋭く光る。
「じゃあ、尚更、今すぐに畳み掛けていかないと…。
 週末はデートに誘いなさい。どこに行こうかしらね…。」
鋭い目のまま、祐子さんは考えている。
デートは行きたいけど、混んでるところには行きたくないな…。
でも、獲物を見つけた祐子さんには、どんな言葉も届く気がしない。
予鈴が鳴る前だけど、教室に避難しようと俺は立ち上がる。
「どこに行きたいか、敦哉も考えてねー。」
祐子さんの声が追いかけてきたが、俺は逃げるように保健室を出た。