月曜日の朝、俺は駅のベンチで咲葉さんを待っていた。
ずいぶん仲良くなった気がするけど、ここで待っているとやっぱりドキドキする。
しかし、そのドキドキは長くは続かなかった。意外と咲葉さんはすぐにやってきた。
「おはよう。敦哉君。」
予想通りOLさんっぽい服装の咲葉さんが、笑って言う。
「おはようございます。…昨日は飲まなかったんですか?」
「うん。…昼間は飲んじゃったけど。」
『我慢できなかったー』
笑いながらそう言って、咲葉さんは乗車待ちの列に並んだ。
その後をついて行って、咲葉さんの横に並ぶ。
並んでこうして電車を待つなんて、不思議な感じ。夢、みたいだな。
電車に乗ると、咲葉さんはドアの前に立って、外ではなく俺の方を向く。
電車は空いているが、それでも咲葉さんとの距離は近い。
…これ、恥ずかしいな…。今まで向き合うことなんて、無かったし…。
何となく顔を見れなくて、咲葉さんの頭越しに外を見る。
視線を感じて咲葉さんを見ると、やっぱり目があった。
「虹が出てたら教えてね。」
『外を見てたいけど…』
咲葉さんは笑って言う。
俺は頷いて、目をそらしながら考えた。
…外を見てていいですよ、って言ったらおかしいかな。
虹が見たいって言ってるんだから、大丈夫だよな…。
言おうと思って見ると、先に咲葉さんの心の声が聞こえた。
『敦哉君も見てたいんだよなあ』
…じゃ、いいか…。顔が熱いので目をそらす。
でも、なんで俺を見たいのか、聞きたい…。
…何でそんなに見るんですか、ならいいかな。顔に何かついてますか、とか。
聞こうと思って顔を見ると、咲葉さんの目は閉じかけていた。
向き合っても、相変わらずな咲葉さんが微笑ましい。
「俺に構わず、寝ていいですよ。」
「うん、ありがとう…。」
俺が言ってすぐに、咲葉さんの目が閉じる。
そのまま、じっと咲葉さんの寝顔を見てしまう。
咲葉さんがこっちを向いててくれて、よかったな…。
…でも、あまり見ててもな。ちょっと変な気持ちになってきたし。
目を伏せると同時に、咲葉さんの顔も下に落ちた。
俺はとっさに支えようと、腕を掴む。
膝がガクッとなってしまったようで、咲葉さんもびっくりして起きた。
「…びっくりしたー…。」
とだけ言って、また目を閉じた。
…さすが咲葉さんだな。でも、見ててよかった。
また同じことにならないように、見てないといけないな、と思い
自信を持って、咲葉さんの寝顔を見る。
あと虹チェックも、と外を見る。
…今日もいい天気だ。幸せだなあ。
心の声を聞きながら、言いたいことを言うのも、慣れればできそうだ。
この朝の電車の中で練習すれば、疲れなくなるかもしれない。
そしたら本当のことを言わずに、咲葉さんともっと仲良くなれるかな。
…ずるいなあ、俺。怖いからって、本当のことを隠して。
でも、咲葉さんに嫌われたくない。避けられたくないよ。ずっとこうしていたい。
次の駅のアナウンスが聞こえる。もう降りなきゃ。
「咲葉さん、もうすぐ着きますよ。」
「うん…。」
咲葉さんの目がゆっくり開く。
『敦哉の頭、もふもふ…』
咲葉さんは起きると、もふもふしたくなるんだな。
俺も、もふもふしてもらいたいけど…。呼び捨ても嬉しいし…。
でもこれは言えないよな。…あ、でも、これなら聞いてもいいかな。
「咲葉さん、犬好きですか?」
咲葉さんの目が見開く。
「うーん…。大きい犬は好き。賢そうな子は…。」
『なんで突然そんなこと聞くんだろう』
すごい不思議な顔してる…。違ったか。
「そうなんですか、なんとなく好きかなーと思って…。」
しどろもどろになって言う俺。
「ふーん。」
『変なのー』
やっぱり難しいな…。もふもふが何なのか聞きたいのに、無理そうだ。