部屋のソファにもたれかかり、俺は考えていた。
心の声を聞こえることを知らない人と、こんなに話したのは久しぶりだ。
久しぶりの、この疲れる感覚。懐かしいな…なんて言ってる場合じゃない。
どうしよう。このままじゃ、これ以上仲良くなれないよ…。
本当のことを言ったほうがいいんだろうか。でも…どうなるんだろう。
さすがの咲葉さんも、嫌だろうな。心の声を聞かれるなんて。
でも咲葉さんは大人だから、あからさまに嫌がったりしないで、少しずつ離れていくだろう。
…それもショックだな。
朝、ホームでいくら待っても来なかったりして。
俺がいることに気づいて、違う車両に乗るっていう可能性もあるな。
それなら、いっそのことはっきりと気持ち悪いって言われたほうが…それも辛いか。
どっちにしろ、俺が普通の人を好きになるなんて、無謀だったんだな…。
もう電車通学やめようかな。でも咲葉さん、心配するよな…。
やっぱり嫌われたって思うかも。そんなことないのに。
それにまた満員電車になったら、咲葉さんがもみくちゃにされちゃう。
そんなの、だめだ。俺が壁にならないと。
…本当のこと、言うしかないか。でも、怖い…。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「敦哉様、お茶の時間ですが…。」
修の声がする。俺は立ち上がって、ドアを開けた。
「…ここでもらっていい?」
「はい。ではお持ちします。」
少しすると、お茶が乗ったトレーを持って修が来たので、俺はドアを閉めてソファに座った。
「咲葉さんに心の声が聞こえること、言ったほうがいいかな…。」
紅茶をカップに注ぐ修に、俺は言う。
「ご無理をされなくても、言いたくなるタイミングがくるのではないでしょうか。」
そう言って、修はテーブルに紅茶を置いた。
「告白された時のように。」
そっか。そうかもしれない。確かにあの時は、言わずにいられなかった。
そういう時が、また来るんだろうか。
「でも、黙って聞いてていいのかな…。聞かれたくないかもしれないのに。」
疲れた顔見られちゃった、と聞こえた時の、咲葉さんの戸惑った声を思い出す。
「敦哉様の能力は、聞こえてしまう、ものですよね。
 雨の音に耳を塞げないことと、同じです。」
修はいつも優しく言ってくれる。
その言葉は心の中を覗いてしまった罪悪感から、いつも解放してくれた。
「ケーキは召し上がりますか?」
見ると、美味しそうなシフォンケーキ。…咲葉さんなら、喜んで食べるんだろうな。
俺は胸がいっぱいで、食べられそうにない。
「やめておく。ありがとう。」
「承知いたしました。…では下げてまいります。」
そう言うと、修は部屋を出ていった。
俺は紅茶を飲みながら、咲葉さんの笑顔を思い出す。
疲れたけど、また会いたくなってる。
次に会えるのは、月曜日の駅のホームか。
今日の咲葉さん、何だか可愛かった。電車で会うのと違ってて、同じ高校生みたいだった。
会社に行かない日は、あんな感じなんだな。月曜日はまた、大人な咲葉さんに会えるんだ。
…どっちの咲葉さんも大好きだ。
いつか本当のことを言わないといけないのは、わかってる。
ただもう少しだけ、時間がほしい。
咲葉さんが離れていっても、会えて良かったと思いたい。
笑顔でありがとうって言って、見送れるような俺になりたい。