その後姿を、名残惜しい気持ちで見送っていると、
「敦哉君。」
自分の名前を呼ぶ声がした。振り向くと、和成が立っていた。
『電車通学は大丈夫だったかな…』
和成の心の声が聞こえる。
「大丈夫だったよ。」
俺はその声に笑顔で答えた。
和成は執事の修の息子で、俺と同い年。だから小さいころからの付き合いだ。
俺の能力を気味悪がって、離れていた時期もあったけど
ずっと学校も一緒で、いつもそばにいてくれる。
今日も心配して、こうして待ってくれていた。
「よかった…。」
安心したようで、和成の顔が優しい顔に変わる。
学校への道を歩きながら、和成は言った。
「…さっき、誰かのこと見てた?」
『女の人を見てたような…』
和成が言う言葉と、心の声が一緒に聞こえた。
「うん…女の人を見てた。気になる人がいて…。」
俺は答えるが、咎められそうな気がして、和成の目を見ることができない。
「ふーん…。何か変なこと、聞こえちゃった?」
和成の声が心配そうに言うので、目を見ると
『死にたい、とか…』
和成の心の声が聞こえた。
そういう声を聞いてしまって、ふさぎこむこともあるから、やっぱり和成は心配してくれているんだな。
なんだか申し訳ないので、正直に話すことにした。
「いや…かわいいって、聞こえたんだ…。」
…言ってみると、ものすごく恥ずかしい。
俺の気持ちも、和成に聞こえてしまえばいいのに、と思う。
「そうなんだ…。」
和成は心の声を聞かれたくないようで、目を伏せた。
付き合いが長いのでうまく使い分けてくれるが、どう思っているのかわからなくて悶々とする。
やっぱり引いてるだろうな…。かわいいって言われて、浮かれてるなんて。
あんなに心配をかけたのに…。心配して損したって思っているかもな…。
そんなことを考えていると、和成は言った。
「前にそう言う子がいたけど、結局飼ってる犬に似てるって聞こえて、落ち込んでたことあったよね…。」
和成が俺の顔を見て話すので、目を見ると、
『同じようにならないといいんだけど…』
心の声が聞こえて、本当に心配してくれているのがわかった。
バカにされるかと思っていたのに、やっぱり和成はいいやつだ。
…それに比べて俺は、なんて不純なんだ。
自分に嫌気がさしながら、俺は言った。
「多分、そんなオチだと思う。期待はしてないから、大丈夫だよ。」
俺の気持ちは和成には聞こえないのに、目をそらしてしまう。
…ただ、嬉しかったんだ。いい声が聞こえることは、ほとんどないから。
久しぶりに聞いた、家族以外の温かい声に、浮かれてしまった。
「そっか…。何かあったら、すぐ言ってね。」
「ありがとう。」
和成には本当に感謝している。でも甘えちゃいけないとも思う。
学校に着くと、和成はが言った。
「敦哉君は保健室に行く?」
「そうしようかな。…和成は図書館?」
「うん。授業まで時間があるから、勉強してくる。」
和成は付属の大学には行かずに、外部の大学を受験する。心理学を勉強したいそうだ。
だから、こうして当たり前のように会えるのも、今年が最後だ。
「勉強で忙しいのに、無駄な時間を使わせちゃって、ごめんな。」
「何言ってんだよ、無駄じゃないよ…。顔を見て安心した。」
『ふさぎこんでるかと思ったから。…まあ今後も心配だけど』
心の声がそこまで聞こえて、和成は目を伏せた。
色々と心配をかけて、本当に申し訳ないと思う…。
「じゃ、またあとでね。」
そう言って図書館に向かう和成の背中を見送って、俺はうつむきながら保健室へ向かった。