いい天気だなあ。駅の広場のベンチで咲葉さんを待ちながら、空を見上げて思う。
心臓は飛び出しそうに動いているが、それは無視だ。
携帯の時計を見る。12時半ぴったり。
咲葉さんが時間前に来ることは、ない気がしていた。正解だった。
で、いつ来るのかな…。忘れてたりして…。いや、でも…。
悶々としていると、見覚えのある女の人が近づいてきた。
「敦哉君。ごめんね、急に誘っちゃって。」
『急いで来てよかった。やっぱり時間通りに来る子だった』
少し息切れしながら、咲葉さんは言った。
「大丈夫です。…会えて、嬉しいです。」
修にそのままでいいと言われたからだろうか、正直な声が出た。
「よかった…。ラーメンの話してたら、どうしても食べたくなっちゃって。」
『嬉しい、だって。可愛い』
早速可愛いと思われて、また嬉しい。正直に言ってよかった。
「あっちだよ。…敦哉君、ラーメン好き?」
咲葉さんは指差しながら歩き始める。
『きっと、そうでもないよね』
咲葉さんの心の声を聞き、安心して答える。
「実はあまり食べたことがないです。」
「だよねー。何かそんな感じがしたー。
 メールもずっと敬語だし、制服も私立だよね…。
 敦哉君って、おぼっちゃんでしょ。」
『服も実は高級そうだし』
何だかすごくバレてる…。咲葉さんってすごいなあ。
でも、おぼっちゃんでしょって言われて、
はい、と答えるのはどう考えてもかっこ悪い。
「そんなことないです…。」
俺がうつむきながら言うと、咲葉さんは立ち止まった。
「そうかなあ…。お店、ここね。よかった、並ばずに入れる。」
ドアを開けて入ると、いらっしゃいませー、と複数の威勢のいい声で出迎えられる。
…確かに女の人ひとりじゃ入れないな。
「カウンターでよろしいですか?」
タオルを頭に巻いた男の人に言われて、
「はい。」
と咲葉さんが答える。
「こちらどうぞー。」
言われた席を見ると、椅子が横に並んでいる。咲葉さんと向かい合わなくていいんだ。
目が合う確立が減るし、食べるのを正面から見られないで済む。よかった。
椅子に座ると、咲葉さんはすぐにメニューを取って見せてくれる。
「敦哉君、ここ来たことないよね?普通のラーメンでいい?」
「あ、はい。」
「すみませーん。ラーメン二つと生ひとつ。」
咲葉さんがキッチンにいる男の人に言う。…実はひとりでも平気っぽい…。
でも、生ってなんだろ、と思っていると、
「はい、生でーす。」
と言って、お店の人がビールを持ってきた。
「はーい。」
受け取る咲葉さんは、すごく嬉しそう。
「ごめんね、未成年の前で。」
『わーい、生ビールだー』
謝っている言葉とはうらはらな笑顔と心の声に、俺は笑ってしまう。
「大丈夫です。」
「ありがとう。じゃ、いただきまーす。」
咲葉さんは、本当にお酒が好きなんだな。
見ているこっちまで嬉しくなるような笑顔だ。
微笑ましく見ていると、不意に咲葉さんは言った。
「敦哉君、ビール飲んだことある?」
「…ないです。」
あるわけないじゃん、と思い、驚いて答える。
「やっぱりねー。」
『おぼっちゃんだ』
そうなんだ。こういうところでバレるんだ…。変なところで納得してしまう。
生ビールをぐびぐびと飲む咲葉さんに、ふと思って聞く。
「ビールって美味しいんですか?」
「おいしいよー。すべてがどうでもよくなる。」
その言葉に、俺は思わず笑って答える。
「でも…咲葉さんて、もとから細かいこと気にしてなさそうです。」
「あ、ばれた?」
『なんだか打ち解けてくれて、嬉しい』
咲葉さんは笑って、またビールを飲む。
俺も嬉しい。お酒のおかげで、すごく仲良くなれてる気がする。
そんなことを考えていると、ラーメンがやってきた。
咲葉さんは、俺にわりばしを渡して言った。
「はい。…わりばしの使い方わかる?」
「さすがにわかります。」
俺が少しむっとして言うと、咲葉さんは笑う。
『かわいー』
…可愛いかあ。嬉しいけど、何だかそれでいいのかなって気もする。
おぼっちゃんで可愛いだけの男を、咲葉さんは好きになるんだろうか。
ラーメンをつつましくすすりながら思う。…俺、よくばりだな。
話せるだけでいいと思ってたのに、もっと仲良くなりたくなってる。
あわよくば、俺のことを好きになってほしいと思ってる。
好きって心の声でもいいから聞きたい。
でも、豪快にラーメンを食べられない男じゃあダメだろうか、と思って見ると
咲葉さんもゆっくりつつましく食べていた。
俺の視線に気づいて咲葉さんは言った。
「なんか、ビールでお腹いっぱいになっちゃった…。」
『せっかく久しぶりに来れたのに』
すごく残念そうだ。
「無理しないで残してください。食べたくなったら、また来ましょう。」
「うん。ありがとう。」
『優しいな…なんか身に沁みる』
身に沁みる?優しくされてないのかな。
働いてると、色々あって大変なんだろうか。
俺なんか、学校ではぼーっとしてればいいし、
目が合って変な声を聞かなければ、なんてことない毎日だ。
最近は咲葉さんがいるせいか、気にならないし。
もっとなにか、咲葉さんのためにしてあげたいな…。
「だめだー。もう食べれない。次はビール飲むの、やめる…。」
少しだけ残ったラーメンを悔しそうに見つめて、咲葉さんは言った。
「また食べたくなったら、いつでも呼んで下さい。」
「うん。ありがとう…。じゃ、行こうか。」
『待ってる人いるし』
咲葉さんが見たほうを見ると、ドアの外に並んでいる人がいた。
そして、目が合ってしまう。
『デートでラーメン屋来るなよな…』
明らかに機嫌の悪そうな声だけど、デートと呼ばれて悪い気はしない。
嫌な声も、俺の気持ち次第なんだな、と思いながら、咲葉さんと店を出た。