和成と話したことを考えていて、気づいたら11時だった。
もういいんじゃないかな、と思い、咲葉さんにメールを送ったが、
返信がくるまでの30分間、俺は携帯の前で後悔し続けた。
まだ早かったか…。思いきって、和成に聞けばよかったかな…。
でもいい感じに話ができたのに、そんなことを聞いたら台無しになる気がして、聞けなかった。
そんな小さなプライド、捨ててしまえばよかった
と思っていると、咲葉さんからメールが来た。
『おはよー。飲みすぎて、今起きたよー』
そうなんだ…。俺のメールで起こしちゃって、怒ってたわけじゃないんだな。よかった。
安心してメールの返事を打っていると、咲葉さんからメールが来た。
また出遅れた…と思いながらメールを読んで、俺は驚く。
『敦哉君、ラーメン食べに行かない?忙しかったら無理しないでいいんだけど』
え?来週行こうって言ってたのに、今日になっちゃったんだ…。
どうしよう…。でも、咲葉さんからの誘いを断るわけにはいかない。
『いいですよ。何時に待ち合わせします?』
心臓が高鳴りすぎて苦しいが、平静を装って返事を書く。文章は感情が出ないから便利だ。
深呼吸をしながら返事を待つ間に、ふと思う。修に昼ごはんはいらないって言ってこよう。
急いで部屋を出て食堂に行き、修に伝えてまた部屋に戻ると、メールが来ていた。
『12時半に駅の広場でいい?』
『大丈夫です。ではまたあとで』
胸の鼓動を抑えながらメールを書き、俺は鏡の前に立った。
この服でいいんだろうか…。髪型は…いまさらどうしようもないから、いいとして…。
悩んでいるとノックの音がした。思わずびくっとして、返事をする。
「…はい。」
「失礼します。」
修が部屋に入ってきた。
「お出かけは何時になされますか?」
「12時半に駅の広場に行きたいんだ。
 …この服、変じゃないかな。…女の人に会うんだ。」
思い切って言ってみる。心配するだろうから、今まで修には言っていなかった。
「電車で会う女性と、ですか?」
優しく微笑んで修は聞いた。
「…和成から聞いてる?」
「はい。」
言いながら、修は俺のシャツの襟を直す。
「言わなくてごめん。」
「大丈夫ですよ。言えないこともあるのが、普通の男子高校生ですから。」
俺の背中についていた糸くずを取って、修は言う。
”普通の”男子高校生じゃない気がするけど、修が言うならそうなのかな、と思う。
…修の心の声は、聞こえたことがない。
中学生の時、俺に聞かれるのが嫌で言葉にしないようにしているのか?
とキレながら聞いたことがある。
修は「言葉にする必要がないだけです。敦哉様のおかげで気づきました」と言った。
その言葉の意味は、今でもよくわからない。
でも、心の声が聞こえない修と話をするのは、正直に言うと、とても楽だ。
「ね、ラーメンってどうやって注文するの?」
「ラーメン…。敦哉様が誘われたんですか?」
「ううん。咲葉さん…えっと、電車の女の人がラーメン食べたいから、つきあってって。」
「では、咲葉さんにお任せされればよろしいかと。取り繕うと、あとが大変になります。」
修は優しく笑って言う。
「そっか。そうだね。…きっと、ひきこもりだってバレてるし。」
「はい。そのままの敦哉様で大丈夫ですよ。」
「うん…。ありがとう。」
修はいつも、そのままの俺でいい、と言ってくれる。
小学生の時はよくわからなくて、
中学生の時はそんなわけないだろ、と反抗した言葉だ。
今は少しだけそうなのかもしれない、と思うようになってきた。
ずっと言われてきたからだろうか。この言葉が、今はすごく安心する。
あ、でも…。
「俺、ラーメンってあまり食べたことがないけど、大丈夫かな…。」
テレビでたまに見る、ラーメンを食べる人を思い浮かべてみる。
あんな風にダイナミックにすすれるかなあ…。
「あまり心配されないほうが、よろしいですよ。
 咲葉さんに、電車以外でお会いするのは初めてですか?」
「うん。」
「楽しみですね。」
「うん…。」
会ったら何を話そう。やっぱりお酒のことかな。バイトの話も聞きたいなー。
…嫌な言葉、聞こえるかな。でも聞こえても平気な気がする。なんでだろう。不思議だ。
「そろそろ、行かれますか。車を準備しておきます。」
「ありがとう。」
部屋を出る修に俺は言って、携帯をもう一度確認する。
やっぱりやめよう、という断りのメールは来ていない。
よし…。
ふう、と息をつき、俺は鞄を持って部屋を出た。