夜になり、そわそわしながら8時を待って、俺は咲葉さんにメールをした。
『お仕事、お疲れ様でした。毎日大変ですよね。尊敬します。
 まだお仕事中だったらスミマセン』
午後中、考えに考え抜いた内容だ。悔いはない。
もう一度時計を見て、8時になっていることを確認し、送信ボタンを押す。
…ふう。一息ついて思う。
こうしてメールが送れるだけで、幸せだなあ…。
幸せに浸っていると、メールが来た。咲葉さんからだ。
『ありがとー。お金もらえないのに、したくない勉強してる学生のほうが大変だよ…』
うわー…すぐに返信くれたー。嬉しい…。
それに、俺に話を振ってくれてる。返信しやすいな…。
『勉強嫌いだったんですか。俺も好きじゃないですけど』
大学行かなかったんですか、とかも書きたいけど、
あまり長い文章だと、返信しにくいよな。我慢してちょっとだけ聞こう。
その作戦は成功だったようで、またすぐに返信が来た。
『勉強しないでバイトばっかりしてたよ。
 ところで自分のこと、俺、って言うんだ。僕、かと思った。』
え…そこが気になるんだ。なんだか恥ずかしいな…。
勉強の話のほうが楽だったけど、咲葉さんがふってくれた話題に触れないと…。
『バイトしたことないです。やっぱり尊敬します。
 気づいたら、俺って言うようになってました。なんでかは思い出せないです。』
こんな感じでいいだろうか。
なんか硬い気がするけど、ほかに思いつかない…。
とにかく、送信してみようかな。他の話もしたいし…。
迷いつつ送信すると、またすぐに返信が来た。
『まじめに答えてくれてありがとう。
 酔っぱらいのたわごとだから、返事に困ったらスルーしていいよ』
そうなんだ、酔っぱらってるんだ…。
ということは、お酒を飲みながら俺とメールをしてるのかな。
咲葉さんは一人暮らしなんだろうか。ご飯は自分で作るのかなあ。
…そういったことは聞けないな。
なんだかどきどきしてしまうし、根ほり葉ほり聞かれるのはうざいだろう。
でもお酒を飲んでいることには、触れてもいいよなあ…。
悩んでいると、また咲葉さんからメールが来た。
『バイトしたことなくて、お小遣いどうしてるの?親からもらうので足りるの?』
なんか、答えにくい質問だ…。
お金を自分で払うことなんて、無いし…。
『お酒好きなんですね。お金は使わないので、大丈夫です。』
で、いいか…。サッパリしすぎだろうか。
でも、とにかく早く送らないと。
また咲葉さんからメールが来てしまったら、どうしたらいいかわからない。
俺は、急いで送信ボタンを押した。なんとか送信できた。よかった…。
安心しながら、咲葉さんのメールを読み返す。
咲葉さんは高校生の頃、バイトしてたんだ。何にお金を使ったんだろう。
俺はほとんどひきこもりだから、普通の高校生のお金の使い道がわからない。
欲しい物は、修に言えば用意してくれるし…。
…この話題は、俺には無理かもしれない。
気を重くしていると、咲葉さんからメールが来た。
『敦哉君はお金使わないんだ。堅実で偉いねー。』
なんだか褒められたようで嬉しいけど、誤解されている気がする…。
ただのひきこもりなのに。…正直に言ったほうがいいな。
『いつも家にいるので、お金の使い道がないだけです。』
送信、と。…あー、引かれるよなー…。
こんなことになるなら、ちゃんと高校生らしくしておくんだった。
『そうなんだ。私も最近は家でゴロゴロしてるのが好きだよ。』
返信来た、よかったー…。
それにひきこもりだってわかってるのに、フォローしてくれてる感じがする。
咲葉さんって心が広いな…。
一緒にゴロゴロしたい…。あー、変なこと考えはじめた…。
そう思いながらも、想像してしまってドキドキする。
もう…。この話題から離れよう…。
考えていると、また咲葉さんからメールが来た。
『今度ラーメン食べに行くの、つきあってもらえないかな。一人じゃ入りにくくて。』
ラーメン…全然食べたことないけど、大丈夫だろうか。
でも、咲葉さんからのお誘いを断るわけにはいかない。
『いいですよ。いつでも暇です。』
すぐに返信する。…あ、明日とかになっちゃったらどうしよう。
『じゃ、来週あたり行こうー。楽しみー』
来週か。とりあえず一安心だ。明日、ラーメンを食べる練習をしよう。
咲葉さんは、明日は何してるんだろうか。…うーん…。
『明日はお休みですか?一週間、お仕事お疲れ様でした。』
何するんですか?とは聞けないから、遠まわしな感じで聞いてみる。
俺もちょっとメールに慣れてきたな。
『ありがとう。明日はゴロゴロして休むよー。』
そうなんだ。ゴロゴロするの、大好きなんだな。
俺も咲葉さんと同じように、ゴロゴロして過ごそうかな。
それで、たまに咲葉さんと話が出来たら嬉しい。
『明日もメールしていいですか』
『いいよ。すぐに返事ができなかったらごめんね。気づくと寝てるから』
気づかないうちに寝ちゃうんだ。なんだか可愛いな。
知らない咲葉さんの顔が見れたようで、嬉しい。
ああ、もっと話がしたい…。でも…。
『ありがとうございます。じゃ、おやすみなさい』
引き際も大切よ、って祐子さんに言われたから、この辺にしておこう。
名残惜しいけど、明日もメールできるんだし。
『おやすみー。』
咲葉さんから返事がきた。
…ああ、すごく仲良くなった気がする。うれしい。
ベッドでゴロゴロしながら、メールを読み返して幸せに浸っているうちに、俺は気づくと寝てしまっていた。