昼休みになると、マスクをした和成がやってきた。
「和成、大丈夫?」
いつもは俺が聞かれるほうだけど、逆に今日は俺が聞いた。
「うん。なんとか。敦哉君は?」
『電車通学、大丈夫なのかな…』
ちょっとかすれた声で和成は言う。
「大丈夫だよ。」
風邪をひいているのに、変な心配をかけて申し訳なく思う。
ふと、思って俺は付け足した。
「明日、話をしたいんだけど、時間取れるかな。」
話したいことがたくさんある。
メアド交換したことを話したら、少しは安心してもらえるんだろうか。
逆に、さらに心配をかけてしまうんだろうか。
「わかった。予備校が終わったら、家に行くよ。」
『好きな人の話かな…』
少し戸惑っているような和成の心の声に、俺は答えた。
「うん…。話しかけてみたんだ…。」
俺はちらっと教室を見まわして、話すかどうか迷う。
それを見て、和成は言った。
「明日、ゆっくり聞かせてよ。」
『でも落ち込んでなくて、よかった』
マスクの下で笑っている和成に、俺は安心する。
「うん。じゃ、明日ね。」
そう言うと和成は、廊下で待つ恵美ちゃんに向かって歩いていった。

俺は、和成にやっと話ができることに、何だか安心していた。
今まで何でも話してきたのに、咲葉さんのことは話せないまま、ここまで来た。
…これがもしかして、自立ってやつなのかな?
そんなことを考えながら保健室のドアを開けると、
祐子さんはいきなり俺に言った。
「咲葉ちゃんにメール送った?」
「え、まだだけど。」
そう答えると、すぐに祐子さんの心の声が聞こえた。
『やっぱりわかってないわね…』
「咲葉ちゃんの昼休み、終わっちゃうわよ。
 たいていの会社は、12時から1時までが昼休みなの。」
「そうなんだ…。」
時計を見ると、もう12時半だ。
俺は椅子に座り、急いで携帯を取り出すと、メールを立ち上げた。
えっと…朝は話ができて嬉しかったです。お仕事がんばってください、と。
送信…。よし、送れた。
満足して顔を上げると、祐子さんがじっと見ていた。
「早いわね…。もう送ったの?」
『大丈夫なのかしら…』
すごく不審そうな顔で、俺を見ている。
全然信用されてないな…。まあ、恋愛初心者だから仕方ないか。
「うん…。これ。」
俺は送信したメールの文章を見せた。
ダメ出しは怖いけど、言ってもらったほうがいいかもしれない。
初心者らしく、謙虚にいこうと思う。
「うーん。さっぱりしすぎな気もするけど…最初だからこんなもんかしらね。」
『まずまず、ね』
意外な高評価が嬉しくて、俺は思わず笑った。
「でしょ?午前中ずっと考えていたんだけど、とりあえずサラッとしたメールを送って、
 返事が返ってきたら、色々聞いたりしてみようかと思って。」
祐子さんは袋からサラダを出して、笑って言った。
「午前中ずっと考えてたんだ。楽しかったでしょ。」
『初心者は可愛いわねー』
「…うん。楽しかった。」
俺も携帯を置いて、弁当を取り出す。
「敦哉が楽しそうで、よかったわ…。」
祐子さんの言葉を聞きながら、弁当のふたを開けると携帯が鳴った。
すばやく手に取る。咲葉さんからの返信だった。
『メールありがとう。敦哉君も勉強がんばってね』
嬉しい。サラッとした返事だけど、すごく嬉しい。
『はい。がんばります』
返信に返信を送り、このメールは大事に取っておこう、と保護しておく。
ああ、嬉しいな…。返事をくれたったことは、迷惑じゃないってことだよな。
また今日の夜、またメールを送ってみようかな…。
「敦哉…。にやついてるわよ。」
『初々しいわねー』
顔をあげると、にやにやと笑って、祐子さんは俺を見ていた。
「ねえ…夜にまたメールを送ったら、しつこいかな。」
「いいんじゃない?」
「…何時ごろ、仕事は終わるんだろう。」
「うーん、5時か6時だろうけど、残業する可能性もあるから、
 8時くらいなら送ってもいいと思うわ。」
「何を書けばいいかなー。」
サラダをつついていた祐子さんが、俺に目を向けた。
「敦哉が聞きたいことを、書けばいいんじゃない?」
『なんでもかんでも聞きすぎ…』
頼りすぎたせいか、祐子さんの機嫌が悪くなってきた。
でも俺はひるまない。だってわからないものは、わからないんだから。
そうは思うが、怒らせては元も子もないので、控えめに聞く。
「…今、何してますかって書いたら、変態っぽいよね…。」
「あー、それはだめねー。答えにくい時もあるし。」
めんどくさそうに、祐子さんは答える。
「うーん…。」
腕を組んで考え込む俺に、祐子さんは言った。
「とりあえず、お弁当を食べなさいよ。
 …お仕事大変ですね、一週間お疲れ様でした、とかどう?」
俺はハッとして、裕子さんを見る。
「いいかも!ありがとう…。」
尊敬します、とか付け加えるのもありか、と思って携帯にメモする。
返事が返ってきて、たくさんやりとりできるといいなあ…。
「にやついてないで、弁当食べなさいって…。」
『気持ち悪い』
祐子さんの心の声は容赦ない。
さっきは初々しいとか、可愛いとか言ってたのに…。
まあいいや。祐子さんに今更どう思われたって、なんてことない。
俺は弁当を食べながら、夜を思った。
楽しみだな…。早く夜になればいいのに。