それから、学校までどうやって行ったのか、全く覚えていない。
気づいたら保健室のドアを開けていて、祐子さんに言われた。
「おはよう、敦哉。…どうしたの、ぼーっとして。」
『何かあったのかしら…』
どう話そうか考えていると、祐子さんはハッとして言った。
「まさか、失恋?」
ふっと笑い、俺は答える。
「ううん。多分、逆。…話しかけて、メアド教えてもらった。」
言葉にしてみると、現実味が増す。本当のことだったんだな、と改めて思った。
まだ信じられないのに、顔は笑ってしまう。
「よかったじゃなーい。」
祐子さんは、自分のことのように嬉しそうに喜んでくれた。
「うん。」
そう答えながら、なんとなく恥ずかしくてうつむく。
鞄を置いて椅子に座り、照れ隠しに携帯を見た。
ついでに、さっき登録したばかりのアドレスを確認する。
…山本、咲葉さん…。やっぱり顔が笑ってしまう。
「で、明日はデート?」
嬉しそうに祐子さんが聞いた。
「え?…メアド聞いただけ。」
「そう。」
『つまんないの』
そう言うと祐子さんは、保健室の奥へ行ってしまった。
なんだか久しぶりに、心の声に傷ついた気がする。
でも、そうか…。明日も明後日も休みなんだから、会う約束をしてもよかったのか。
いや、そういう言葉は聞こえなかったし。何を話したらいいかわからないし…。
きっと断られてたよな。…うん。これで十分だよ。
なんとか言い訳をまとめて、悔やんでいる自分を納得させる。
「…敦哉もとうとう、彼女ができるのねー。」
祐子さんが、薬品が入った棚を整理しながらつぶやいた。
彼女…かあ。
「ねえ、どうしたら”彼女”ってことになるの?」
俺の言葉に、祐子さんは振り向いて答えた。
「その子も敦哉のことが好きなら、”彼女”でしょ。」
『おもしろいこと聞くわねー』
「ふーん…。」
咲葉さんは、俺のことを好きなのかな…。
”好き”は聞こえなかったけど、嬉しいって…聞こえた。
それは”好き”なんだろうか。
「…”好き”って言われてないけど、”好き”な気がする場合は?」
「何それ?」
『わけわかんない』
そう言って祐子さんは、俺と向かいあっている椅子に座った。
「好きって、心の声が聞こえたの?」
「ううん。でも”嬉しい”って、”ドキドキする”って…聞こえた。」
「”聞こえた”ことじゃなくて、”言ってた”ことは?」
祐子さんの心の声は聞こえないけど、何となく苛立ってそうなことが声色からわかる。
「ありがとうって言ってた…。」
俺はおどおどしながら答えた。
「”好き”って言われて、”ありがとう”って答えるのは、挨拶を返すのと同じよ。」
『まさか、それで浮かれてる?』
祐子さんは、俺を見下したような目で見て言う。
小さくなってしまう俺。いや、でも…。
「メアド聞きたいって言ったのは、咲葉さんだよ?」
「咲葉ちゃんが”言った”の?」
「あ…それも聞こえたんだった…。」
ますます俺は小さくなる。
恐る恐る祐子さんを見ると、腕を組み、冷静な目で俺を見ている。
『微妙、ねえ…』
「好意は持ってるみたいだけど、はっきり敦哉に言ってないから、どの程度の”好き”かはわからないわね。」
そっか。”好意”かあ…。
なんだかトキメキが薄れる言葉だな…。
「ま、これから敦哉次第で、咲葉ちゃんがその気になるかどうかが、決まるのよ。
 とりあえず、メールで仲良くなることね。」
『今の子はいいわよねー。便利なものがあって』
俺次第、かあ。…よし、がんばろう。
「わかった。メール送る。」
早速携帯で、メールを俺は打ち始めた。
「咲葉ちゃんはOLなんでしょ?今は仕事中よ。やめておきなさい。」
『まったく…。慣れてないんだから』
責められたような気がして、シュンとする俺。
「はい。」
そう答えると予鈴が鳴ったので、逃げるように俺は教室へ向かった。