言い終えた佐和がニコッといつもとは少し違う優しい笑顔を見せれば、

郁人はこの時“分かったよ”と言うべきだったのかもしれない。

しかし郁人はそこまで冷静になる事が出来なかった。

とある気持ちが心の中で渦巻いてしまっていたからだ。それでも何か言うべきだっただろうが、

やって来てしまった順番によってその発言のチャンスを奪われてしまう。

佐和が白馬にまたがれば、郁人はその斜め後ろにあった馬車に1人で腰掛けた。

出来るだけ佐和としゃべりたくがないが為にとった行動だろう。

本当であれば郁人はその白馬の隣にいた茶色の馬に乗ろうとしていたのだから。


「あ、そういえば郁ちゃん。ユズは……」


定員数いっぱいまで乗り込んだ所で、

柚太の不在を気にし始めた佐和の言葉を、始まりのベルがかき消した。