私だけ今、この居心地の悪い空間でジレンマと闘っている。

吐き出せない苦しみと、やるせない思いてが絡まりあって、まるで鎖のように固く、固く結ばれていく。

負の連鎖が幾重にもつながり、それが身体の奥にのしかかる。

目の、耳の、鼻の、頭の奥が熱くなる。


………………。


「ちょっと、店員さん。これ欲しいんだけど」
ショーケースに散々張り付いていた中年の女性が叫ぶ。

「は、はい。どちらをお取り致しましょうか?」小さなケーキ屋のバイトとしては正当な答えだと思う反応を示し、私は接客に集中した。

「これと言ったらこれなのよ!」

女性はショーケースに並べられる小さな名札には触れずにただ指を差している。

この地域は古い町並みが特徴で、昔ながらの人間が多く住む。

だからこのようなことは珍しくない為、私はカウンターから外に出て商品を確認した。

「これよ、これ!このいちごの沢山ついたやつ」
私が動いたのを確認すると女性は更に興奮した様子で腕を降ってショーケースに並ぶホールのタルトを指した。


「いちごのタルトレットでございますね?」

お客様を怒らせないよう、穏やかにはっきりと言葉を発した。


「タ、ル………トだかなんだか知らないけどこれちょうだい」


そう語尾を早口で言うと、恰幅のよいその身体を揺らしながら女性は自分の任務を果たしたかのような安堵の表情を見せた。


「かしこまりました。ご自宅用ですか?」


そう聞くと女性は大きくうなずき、小さな店内に用意された小さな椅子に腰を下ろした。


椅子が壊れてしまうのではないかと心配しながら、私はケーキを箱に詰めてから袋に入れた。


「お客様、ご用意ができました2100円になります」

お金のやり取りをして女性はやっと店をあとにした。


短いやり取りに膨大な疲れを感じ、私はまた妄想の世界へと帰る。


「あと30分……」


次のバイトが来るまでの時間は1人きりだ。


その時間、また答えの出ない問答と闘う……。



自分との格闘……


=fin=