「ねぇねぇ、聞いてよ」

『うわぁ～捕まったぁ』

私の目の前には、中学校でもおしゃべりで有名な亜記ちゃんがいる。


ここは私の親の地元で、家からは３駅程あり、知り合いには絶対に遭遇しないと思っていた。


しかしこの状況に陥ったのは、とても痛い誤算だった。


そしてその誤算が、よりによって亜記ちゃんだなんて……


「ねぇ、よしっち。聞いてんの！」


『よしっち』とは私のことで、『芳村』という姓を取っての呼び名だ。


適当にあいずちを打っていた私の肩に走った激痛を堪えながら、私は作り笑いで返した。


「…ん、聞いてるよ。んで、亜記ちゃんはどうしたいの？」


夏休みに入り、浮き足立っていた私の心にズカズカと入ってきた彼女の話しは、隣りのクラスのイケメン君のことだ。


彼女はどうやら、彼といい感じらしい。


「だからね～。私としてはぁ～付き合ってもいいんだけどぉ～」


クネクネとシナを作る、中学生の割りには大人造りしている亜記ちゃん。

『とにぃ～、どーでもいいよ。それよか、さっきから通り過ぎる人達が迷惑そうなんだけど…』


周りに気を使いながらも、その一言が出ない私。


恋愛なんてまだ未経験な私には、苦痛な時間でしかないから、聞くだけ時間の無駄なんだが……



ケータイでも鳴らないかと、バイブにしておいたポケットの中身に手を置くがピクリとも動かない。


♪♪♪


そんな事を考えていると、なんと亜記ちゃんのケータイが鳴った。


「よしっちぃ、ごめ～ん。彼からみた～い」



そう言って、彼女は私の前から消えて行った。


私は胸をなで下ろし、顔を下に向けたまま、そそくさとその場を後にした。


彼女の夏は熱くなるのだろう。


『まぁ、私には関係の無い事なんだけど…』


自分の気持ちを隠すかのように、人込みに紛れた夏のはじめだった。


＝fｉn＝