どこに居ればいいのかな。
私は、翠のマンションの部屋のリビングの入口に立ち尽くしていた。
「ここに座れ」
部屋の中心にある真っ黒のソファーに座る翠は、自分の隣をバシバシと叩きながら言ってきた。
「わかった。」
私は静かに腰を下ろした。
ふぅ。とひと息ついた瞬間、頭に温かい重みを感じた。
私は翠に頭を撫でられていた。
それはまるで、小さい子供を安心させるように優しくて…
ぽろ。頬を何かが伝った。それは涙だった。
「…っなんで…」
泣く要素なんてなかったのに。
なのに涙はとどめなく溢れ出す。
「我慢しなくていい。」
翠の一言で心の壁が崩れた。
今まで我慢して、押し込めていた気持ちが全部溢れる。
気づいたら私は、子供みたいに大きな声を出して泣いていた。
「大丈夫」
「安心しろ。」
「もう一人じゃない。」
「我慢するなるな」
翠は自分に言い聞かせるように、私が泣きやむまでずっと声をかけてくれた。

とっくに涙は枯れていると思っていた。なのに、すごく長い間泣いていたような気がする。だけど、翠は嫌な顔ひとつしないで傍にいてくれた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう。」
「そうか。」
翠はふわりと優しく、甘い微笑みを見せた。しかしそれもすぐ、焦ったような顔になった。
「どうしたの?」
「目、痛くねぇか?赤くなってる。」
そういえば、目がしゅばしゅばするかも…。
「痛い…。」
「ちょっと待て」
翠は部屋の角にある棚のひとつをあさっている。
そして少し霞む目には目薬らしき物体が写った。
私の隣に座ると私を膝の上に乗せた。
「翠?重たいよ?」
「動くな。」
え。何故?
と思ったけど翠の言葉に従うことにした。
「それでいい。」
翠は満足そうに笑いながら、手際よく目薬をさしてくれた。
「ありがとう。」
目を押さえながら言うと、翠は無言で立ち上がった。
「?どうしたの?」
不安になって聞くと
「腫れてるから冷やさねぇと」
優しいなぁ。ふふ…と小さく笑うとこっちに向かって歩いてきていた翠の動きが、ピタッと。ほんとにピタッて止まった。
「翠?」
呼んでみると、やっと動き出した。
「お前…やっと笑ったな。」
って満面の笑みで言いながら…。

そうか。私って笑ってなかったんだ。
笑えてると思ってた。
翠が保冷剤を渡してくれた。
それで目を冷やす。
しばらく沈黙が続いた。
……。

「なぁ。」
先に口を開いたのは翠だった。
「なぁに?」
「名前」
「名前?」
「そう。名前。なんていうんだ?」
あ、そういえば言ってなかった…。
「心桜(ミオ)」
「漢字は?」
「心に桜」
「そうか。いい名前だな。心桜にぴったりだ。」
「そう?」
「ああ。」
「ありがとう。」
私は自分の名前が嫌いだった。だけど、翠がいい名前って言ってくれたから少し好きになったかも。
何故なのかはわからないけど。