「ねぇ、不知火君」
まず、不知火というのが僕であり、そして僕を呼んだのは誰なのか、及びここがどこなのかを描写しておくことにする。
不知火君。
こと、不知火明とは僕のことである。
下の名前、読みは…めい。
せめて、あきらがよかったなぁ…なんて言っても、アフターフェスティバル、後の祭りなのだけれど。ちなみにアフターフェスティバルというのが文法的に合ってるのかは僕にもわからない。
で。
先にここがどこなのかを説明しよう。
別に海とか山とかじゃなく、普通に、学校の、渡り廊下である。
そして誰が僕の名前を呼んだのかといえば──
「同じクラスになれたね、不知火君」
藤ヶ谷千鶴だった。
藤ヶ谷千鶴。
どんな立場の人間なのか、端的に言おう。
──九条流歌の唯一無二の友達、である。
確か幼稚園来の付き合いだとか。
地元の中学からここ、桜ノ宮高校に来たのは、僕、九条流歌、そして藤ヶ谷千鶴の、3人だけ。つまりは、九条の過去を知る、数少ない人材というわけで。
そんな藤ヶ谷が、なぜか、どういった理由かは知らないけれど、僕に話しかけて来た。
「なんだよ、藤ヶ谷」
僕と会話なんて今までほとんどなかったのに。
「なんだよ、なんて言わないでよ。同じ中学校から来たの、私たちだけなんだから、仲良くしておいた方がいいでしょ?」
「ん、まぁ…」
別にそうは思わないけれど。
今までだって、大して仲が良かったわけでもない。
「それより、お前の友達はどこだ?一緒じゃないのかよ」
「友達って、流歌ちゃん?」
そうだよ。
容姿端麗で頭脳明晰、けれども性格はあまりよくない、僕の憧れの人。
「流歌ちゃんは、今は一緒じゃないよ。何?私だけじゃ不満だった?」
「いや、不満じゃないけど…」
正直、不満。
別に藤ヶ谷、お前がブサイクだと言っているんじゃない。いやむしろお前は、地味だけどけっこう可愛い方だし、何と言っても胸がでかいからな。その点については何の不満もない。だけども、お前に九条のような高貴さもなければ、美人じゃない。なんつーか、藤ヶ谷、お前は地味過ぎて、オーラがないんだよ。
「あいつ、ひとりで大丈夫なのかよ」
「大丈夫って、何が?」
「いや、あいつ、あの性格ゆえに、友達いねぇじゃん?」
「一応心配してくれてるんだね」
一応じゃなく、常に心配してるんだよ。僕の頭の中は九条のことでいっぱいだからな。
「1年の間、クラスが違ったから不知火君が知らないのも無理はないけれど、流歌ちゃん、けっこう打ち解け始めてるんだよ?確かに流歌ちゃん、口はちょっとだけ悪くなっちゃったけど、言わずと知れた美人さんだし、ああいう性格もなかなかいいっていう男の子だって出てき始めてるんだよ」
え?何?ライバル?
「へぇ、それはいいこった」
「でしょ?もともといい子なんだから、みんながそれを理解できれば、すぐに友達だってたくさんできるはずなんだよ」
友達、少しずつできてきているんだな。
それはまぁ、いいことなのだけれど…
九条の良さに、周りの男子どもが気がつき始めているって?
…まずいな。
──と。
そんな会話を繰り広げている僕と藤ヶ谷のもとへ。
「ちぃちゃん、やっと見つけた…」
透き通るようで物静かな声が飛び込んできた。
うん、綺麗な声だ。
…九条流歌だった。
「あ、流歌ちゃん」
と、藤ヶ谷。
「…どこを探しても見つからなかったから、帰っちゃったのかと思った…。ちぃちゃん、こんなところで何をしているの…?」
そんな九条の問いに、藤ヶ谷は答える。
「不知火君と話をしてたんだよ。ほら、不知火君。同じ中学の。まぁ、小学校から一緒なんだけどね」
「不知火君…?」
どうやら九条は、僕のことなんて知らないみたいである。
「大丈夫、ちぃちゃん?この醜い童貞に、おっぱいとか触られたりしなかった…?」
え?なんて?…え!?童貞!?なんで知ってるの!?
ひどい言われようである。
「大丈夫大丈夫。不知火君は、そんなことしないよ」
しかしまぁ、なんだ。
九条みたいな美人で物静かな人が、おっぱいとか童貞とか、そういう類のワードを口にするのは、ある意味興奮するものがあるな。
「この人、変態的なことを考えてる…。ちぃちゃん、近くにいると襲われる可能性があるから、早く離れた方がいい…」
口の悪さは天下一品であった。
本当、言いたいことを素直に言ってしまうんだな。
というか、思考回路を読まれていた。
「そうだね、行こっか」
藤ヶ谷は否定しろよ!
「そういうわけで、じゃあ不知火君、またね」
そういうわけってどういうわけだよ…
「流歌ちゃんの誤解はちゃんと解いておくから」
それならまぁ、いいか…。
九条と藤ヶ谷は僕を残してどこかへ行った。
…それにしても。
あの九条が、藤ヶ谷のことは『ちぃちゃん』なんて呼ぶんだよな。
そこがまたいい。
僕も、『明ちゃん』って呼ばれないかな?…言ってて自分で恥ずかしくなったから、今のはなかったことにしてほしい。
まぁそれはともかくとして、九条が現れてからというもの、一言も会話を交わすこともできないチキンが、僕なのであった──




僕が一番したいこと。
ここではっきり言っておく。
──九条流歌の、胸に触りたい。
…じゃなかった。
九条流歌と、友達になりたい。
どうして言い間違いをしてしまったのかは僕としてもよくわからないところだけれど、まぁいい。
九条流歌と、友達になる。
これはもはや、僕がアメリカの大統領になることと同じくらい無理難題であることはこの僕が一番わかっている。
でもそんな確率論みたいなことはこの際は無視。
だって、一見難しそうに見えるけれど、もしかしたら、案外容易いことなのかもしれないだろ?
例えば、こんな風に。
「よう、九条」
まず話しかける。
「…死体は話しかけないで…。怖いから…」
いきなり僕、死体扱い!?
初っ端から僕の計画、頓挫!
出鼻をくじかれ、最早なす術なし。
することもないので、今僕の目の前にいる、刺すような視線ならぬ刺し殺すような視線で僕をみつめているこの女子生徒の外見でも描写しておこうかと思う。
当たり前だが平日であるため、制服であることに変わりはない。ただ、夏ではないので冬服であり、すらっとしたその細長い腕を拝見できないのは惜しいところ。夏が楽しみである。下半身、主にその美しい御御足に注目すると、ミニスカートである制服のその下はニーハイを履いており、その絶対領域がなんとも言えないエロさを醸し出していた。
たまんねー!
おっと、下品な表現をしてしまったことにより僕のイメージが悪い方悪い方へと転がっていってしまっているな。僕はこう見えても紳士の精神を持ち合わせているため、特に階段を歩く時なんか、絶対自分の足元見てるくらいなのである。
と、そんな描写もほどほどに。
髪型なんか、僕の大好きなツインテールだった。
ツインテール、いいよなぁ。可愛いよなぁ。
もしかしてだけど、僕のためにツインテールにしてきてくれてるんじゃないの?…なんて、どこかの芸人みたいな言い方をしてしまった。なんて言ったかな…面白い芸人だった気がするけれど。
「ねぇ…」
まさか九条が話しかけてくるとは。
予想範囲内を大きく外回ってきた。
「何か用なの…?」
「いや、用ってほどのことじゃないんだけれど」
「じゃあ何…?」
む…。
「なぁ、九条。お前、何か困ってることないか?」
とりあえず聞いて見た。
「困ってること…?」
「あぁ、なんでもいい。僕に相談してくれ」
そして、どんな答えが返ってくるのかと思えば。
「そうね…、目の前に童貞が見えること…かな…」
白旗。
僕にはどうしようもないのであった。
「…付け加えるなら、欲求を持て余した童貞が、わたしの胸とか脚をジロジロと見つめてくること──」
「ちょっと待った!」
思わず制してしまった。
「待つんだ九条。お前、まさか僕が変態だと勘違いしているんじゃないか?」
だとしたら勘違い甚だしい。
「…違うの…?」
どうしてそこまで心底驚いたような顔をするのかよくわからないけれど、そんな可愛い仕草で言われたら、思わず「違くないよ!」って言ってしまうじゃないか!
けれどまぁ、きちんと訂正しておかねば。
「断じて違う!僕は変態なんかじゃない。それによ、九条。女子があんまり、童貞童貞言うもんじゃないぜ?」
「…大丈夫…あなた以外には言ってないから…」
それもそれで大丈夫ではない気がしないでもないが。
「って、だったら僕にも、言うのやめろよ。確かに僕は童貞だけれども、あんまり童貞なんて言われたら、本当に卒業できなくなるんじゃないかって心配になってくるよ」
「…その心配はしなくていい…」
心配しなくていい?心配しなくていいというのは、誰かが卒業させてくれるから心配しなくていいという意味だろうか?
…もしかして、『わたしが卒業させてあげる』、なんて言うんじゃ──
「…心配しなくてもあなたは、卒業できないから…」
………。
空振り三振。
スリーアウト。
ゲームセット。
いや、きっと誰かが卒業させてくれるはずだと僕は信じてる。
「…ねぇ…」
「ん?」
「…あなた、名前はなんて言うの…?」
名前も把握されていなかった!
「この間会ったじゃねーか。ほら、藤ヶ谷もいた時だよ。つーか、小学校も中学校も同じなんだけどな。…不知火明ってんだよ」
「…ふうん」
………。
………。
え、それだけ?
すると九条は、いきなり立ち上がって。
「お、おい、どこ行くんだよ?まだ話の途中──」
「……トイレ…」
「黙黙黙黙黙黙黙。」
早く言ってください。
でないと僕が、女子のトイレにすらついていこうとする、まじでキチガイな変態野郎になってしまうところじゃないか。
まぁ、とにかく。
今回は、九条の友達になることはできなかったというのが、事後報告になるだろう──