けれど、晃一は手を離してくれなかった。それどころか、上体を屈めて私の目を覗き込んでくる。

 周囲には三限目の講義に向かう学生が何人も行き交っていて、私が声を荒げたせいだけど、チラチラと好奇の視線を向けられているのがわかる。

「授業、始まっちゃうよ」

 私は顔を背けながら小声で言った。

「こんな状態のまま、明梨を一人にできない」
「な、何よぅ……」

 予想もしないことを言われて戸惑いながらチラリと見上げる。ぶつかったのは晃一の気遣わしげな視線だ。

「俺が明梨の心配をしたらダメ?」

 こんな至近距離でそんな胸に響くようなセリフを言われたら……なぜかいつもの辛口な返事ができなくて……ちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ、素直になってしまう。

「ダメじゃないけど……」
「じゃあ、怒っている理由を教えて」

 私は周囲を気にして、文字通り蚊の鳴くような声で答える。

「土曜日の……最後の……あ、あれが……晃一にとってどういうつもりだったのかわからないから、悩んでるの。でも、晃一は悩んでないみたいだから……怒ってるの」