長い長い沈黙が続いて、聞こえてくるのは外からの街の雑踏と部屋に置いてある時計の秒針の音だけだった。


 一瞬、美貴は父がこの期に及んで真面目な顔して冗談を言っているのだと本気で思った。しかし、政明はそんな性格ではない。日本語はわかるが意味がわからないといった複雑な心境に、美貴は聞き返すこともできずしばらく目を瞬いていた。


(いま、内定取り消したって言ったよね……? 内定って、私の?)


(な、なんで……!? 冗談だよね? 嘘だよね?)


 声にならない言葉が頭の中だけで渦巻いている。カタカタと震えだした指に気づいて美貴は、手にしていたティーカップをテーブルに置いた。


「いやだな~若干、二十二歳にしてもう耳が悪くなっちゃったみたい」


 現実逃避しかけた美貴の腕を掴むように、政明がもう一度言った。


「……すまない。お前をグランドシャルムに就職させることができなくなった」


「どうして……!?」


(ちょ、なんなのよそれ……内定取り消しって、なにが? なんで? どうなっちゃってるの!?)


(とにかく落ち着け美貴……そうだ、冷静になろう、うん)


 沈痛な面持ちの政明を見ていると、美貴はぐっと怒りを抑えてとりあえず言い分を聞くことにした。政明は耳を傾けてくれる美貴に感謝しつつも、渋々美貴が旅行中にあった出来事をぽつぽつと語りだした。