「おぉ、美貴、帰ってきたか」

「ただいま!」

 総支配人室へ入ると、黒檀の一枚板で作られた高級机で書類整理をしていた父、深川政明がにこやかに笑って美貴を出迎えた。

 政明は今年でちょうど五十になるが、百八十と背も高く、目鼻立ちのはっきりとした渋めの容姿はまだまだ現役で若々しく、宿泊客のマダムに絶大な人気を誇っている。

 総支配人室は政明の趣味で固められ、真っ白な壁には高値で取引をしたといつも自慢している絵画が所々に飾ってあった。

「それで? 卒業旅行は楽しかったか?」

「うん! 思いっきり羽を伸ばせた感じで楽しかったよ。あぁ、また行きたいなぁ。あ! お土産を買ってきたの」

 美貴は胸を弾ませながらバッグから土産袋を取り出し、ローテーブルの上にいかにも外国産らしいチョコレートやクッキーの箱を、目をキラキラさせて並べた。


「まったく、美貴はまたこんなにたくさん買ってきて……」

 あいかわらずだ、というように政明はため息交じりに言った。

「いいじゃない、一緒に食べない? それともまだ仕事忙しい?」

「え? う~ん、いや、少しだけなら構わないよ」

 本当はこれから得意先へと出かけなければならなかったが、目に入れても痛くないくらいに可愛がってきた一人娘の笑顔は、多忙な政明にとって何よりの癒しだった。

 美貴の母は美貴が幼少の頃にすでに他界していて、政明は男手ひとつで美貴を育ててきた。

 政明はホテル業務の様々な経験を積み、二十代半ば頃にはグランドシャルムの副支配人として就任した。しかし、あまりの多忙がゆえ、美貴にはなにかと寂しい思いをさせてしまったという後ろめたさがあった。そのせいか、つい美貴には甘くなってしまう。