そのあとに何分かの間ができてしまって、2人とも黙ってカップの紅茶とコーヒーを飲んでいたが、幸樹が薄っすらとさびしげな笑みを浮かべると、コーヒーを洗い場に置いて台所を出ていこうとする。


「先生は自分を産んでくれた人のことが嫌なんですか?
その人のせいで、見た目がいかついとか、女性にモテないとか恨んでますか?」


「おいおい、やけにはっきり言ってくれるなぁ。
だが、答えはNOだよ。
そりゃ、芳樹や和樹みたいに誰がみたってアイドルっぽいのはうらやましいかな・・・とは思うけど、母は最初に父と愛情で結ばれた女性だから、俺が文句を言えるわけはない。

しかも、結婚してもずっとラブラブで、この家だって俺がいろんな生き物が飼えるようにってペット用のスペースを考えて建ててくれたんだ。
けど、癌は幸せを保たせてはくれなかった。
親父は母が亡くなって、わりと早く再婚した。

ここにきて犬やネコの世話をしてる俺に言ったよ。
人間に触れて生きていかなきゃ、自分は生きられないって。
俺には何もいう資格なんて・・・。」


「けど、まだ先生は子どもだったでしょう?
新しいお母さんが来てお父さんがとられそうな気持ちになってたんでしょう?」


「まぁね・・・でも俺は俺は母を笑顔にさせることはできても、親父を笑顔することはできないってわかったから。
それに、今の母はいい人だと思った。
芳樹や和樹を見てたら、思うだろ?
いまだに俺の扱いは難しいと思ってるみたいだけど、誠実で親父を笑顔にしてくれる人だから。
それでいいんだ。」


「それでけっこう年齢よりもお子様なのね。」


「明日奈・・・そういう物言いはよくないと思う。」


「私はうれしかったけど。」


「なっ・・・からかってるのか?」


「うん。だって先生が自分の秘密を私だけに教えてくれたんだもん。
それが生物学者になったきっかけなんでしょ。」


「う、うん。君くらいの娘からすれば、見かけおっさんなのに、なかみは子どもね~なんて思ってるんだろ。
どうせ俺は、マザコンだ。」


「そんなこと言ってないわ。先生がお母様を亡くされたときは、まだ子どもだったんでしょう!
お母様の貴重な思い出が先生のお仕事のルーツなんだもの。

私がからかったのは、お母様の話やかわいがっている生き物たちの話をするときの先生はいつまでもわんぱくな少年のままなんだなぁって・・・かわいくて。」


「かわっ・・・!!おぃ・・・。
もう、寝る。おやすみ!」


「おやすみなさい・・・。ぷっ!かわいいっ。
いつも大人の中で仕事をしてた私にとって、お仕事してる人ってみんなすごく大人って印象があったけど、私よりずっと年上なのに少年みたいな人で・・・自然体な人。」